ピーター・ワッツ “The Last of the Redmond Billionaires”

2020年5月 New Decameron に初出。
分量およそ2600語、日本語訳なら文庫15ページ弱くらい。

あらすじ

環境の悪化で伝染病が広がり、食糧事情も厳しさを増すばかり。経済は崩壊し、航空は絶え、荒廃する空港の敷地は数万人の難民がひしめくキャンプ地と化していた。シアトル・タコマ国際空港で難民支援機関の医療隊として働くレシーダ・メリクがいつものように診察をしていると、ロボットを引き連れた軍人が現れる。さる要人が乗ったヘリが立ち寄るので、緩衝地帯を提供してほしいという。地獄から逃げ遅れた富豪のお出ましだ。

感想

  • ジョー・ウォルトンらが運営する New Decameron プロジェクトに参加した作品。プロジェクト全体は、疫病の影が落ち人気の絶えた街で、図書館に忍び込んだ少女が本の中から現れた男と一緒に物語を読む、という原典同様の枠物語になっている。
  • “Cyclopterus” では平民による富裕層への反撃が背景として語られていて、本作はその挿話に肉付けして掌編化したもの。そういう経緯もあって作中情勢がおおむね共通している最近の短編を追っていると既視感は否めない。今のワッツが想定する20年先がどんな感じか味見したいという場合は手頃かも。
  • アンチナタリストとバイオハッカーが改変した無敵のジカウイルスが猛威を奮っており、冒頭でレシーダの元を訪れる患者も小頭症の赤ん坊を抱えている。患者が着ている拾い物のシャツに踊るのは皮肉にも生殖反対派 No-Breeders のロゴ。やはりこのアイデアがお気に入りらしい。
  • 空港には当地で凶弾に倒れたグレタ・トゥーンベリの彫像が立っている。際どい。
  • 元々とある多国籍企業の社内用に書いた話らしい。なんの会社なのだろう。