ピーター・ワッツ “Fish to Mars”

2018年3月 Fish to Mars に初出。
分量およそ4400語、日本語訳なら文庫20ページくらい。

あらすじ

冷凍睡眠したクルーを乗せて火星に向かって航行していた調査宇宙船〈ガドフライ〉に微小隕石が衝突、推進器と凍眠槽が故障し、2週間の旅程が8週間に延びてしまう。冷凍睡眠が前提の小型船であったため食糧の貯えは乏しく、このままではクルーの餓死は必至だった。ただし食糧はあるにはあった。唯一の積荷である肺魚だ。だが船長は肺魚を食べることを頑として許さない。問い詰められた船長は火星に肺魚を運ぶ驚くべき理由を語る。火星のボレアリス荒野で発見された異星人の遺跡、その固く閉ざされた入口には肺魚の図像があしらわれていて、肺魚がその扉を開く鍵となるかもしれないというのだ。観念したクルーは脚を切り必要代謝量を落として、自食で飢えを凌ぐことにする。どうにか火星に到着し、肺魚が遺跡を開くという推測も裏づけられ、ついにファーストコンタクトが実現するも、出迎えた魚型エイリアンは反応らしい反応を見せない。やはり魚類ではないから相手にされないのか。では、肺魚の遺伝子を人間に組み込めばなんらかの認証が得られるのではないか。功を奏したその思いつきはしかし、思いも寄らぬ災厄を招く。

用語

RV〈ガドフライ〉 R/V Gadfly
光帆推進器ペニーパッカー・ドライブを搭載した系内航行用小型宇宙船。自動操縦。
ボウイヴィル Bowieville
火星植民地。
レイト・スリーパー The Late Sleepers
デボン紀に地球に来訪した魚型エイリアン。

登場人物

ポール・ポット Paul Pott
航空宇宙工学専門のエンジニア。名目上のパイロット。
デラコート・S・ポペット Delacourt S. Poppet
肺魚専門家。
エルスぺス・イシス・フィスコート Elspeth Isis Fiscort
船長。ボウイヴィル次期総督。公式サイトでの表記は Fishcort。
グリーター The Greeter
火星のピラミッドで眠っていた出迎え係のレイト・スリーパー。

感想

  • 見落としていたが、2018年には公開されていたらしい。ベルゲン大学生物科学部が中心になって企画した科学とブラックメタルのコラボレーション演劇、そのストーリー原案をワッツが担当している。なお、実際に公演されたものとは内容が異なるようだ。
  • 世界観の相違のためにファーストコンタクトが悲惨な結果に終わる系統の作品。今回はギャグ寄り。エイリアンなりの擬人観ゆえのすれ違いが笑える。
  • 2001年宇宙の旅』でモノリスを設置した魁種族の役割を演じるレイト・スリーパーは乾燥した惑星で進化した両生類で、複数の相異なる環境に適応できる両生類だけが魂を持つと考えている。デボン紀に地球を訪れた際も、恒星間航行に必須の代謝停止能力を持ち両生類へと進化しつつあった肺魚こそが未来の霊長であると見込んで、いつしか自らの遺伝子を解き明かせるようになったときの贈り物として、ありとあらゆる形質を収めたライブラリを肺魚に仕込んだ(だから肺魚のゲノムサイズはバカでかい)。そのライブラリはどんな種でも作り出せる「適応性のスイスアーミーナイフ」で、本来は勝手に発現しないように終止コドンやらが配置されているのだが、人間はそれをよく理解しないうちに肺魚の遺伝子を取り込んでしまったため、むやみやたらと付属肢が生えるキメラと化してしまう。このあたりはおそらく『遊星からの物体X』のイメージだろう。
  • まいた種がどうなったかとレイト・スリーパーが火星に戻ってきてみれば、何やら魂を持たないキメラが「助けてくれ。治してくれ。元に戻してくれ」と蠢いていて、見守り役として置いてきたグリーターも遺書を残して死んでいた。もうこんなことが起こらないにしよう、ということで、レイト・スリーパーの小惑星船艦隊は地球を爆破しに向かう。
  • 物体Xのキメラ性を多生類主義とでも言えるような視点で理屈づけているところが真新しいといえば真新しいか。投げやりな爆発オチといい、普段よりは適当に書いているようにも見えるが、レイト・スリーパーの厄介エイリアンっぷりで笑えればそれでいいような気もする。
  • 4人のクルーと言いつつ、3人しか出てこない。あと1人は語り手と考えることもできるが、今回は作者が外から設定を解説しているような語り口(ここではこんな音楽を流すといいかもね、みたいなコメントが挟まれているくらい)なので、それも違うような気がする。
  • 本編中に記述はないが、ヴィーガンバイオテロリストが肉アレルギーを世界中に蔓延させている設定がある。

その他

気になった表現や固有名詞。

They are not the idiots from Prometheus.
エイリアンの建造物に呼吸可能な空気があっても軽率に与圧服を脱がない調査団を指しての一節。映画『プロメテウス』を揶揄している。実際には後で脱ぐことになるのだが。

extranuclear RNA editing
イカやタコが行っている核外RNA編集。

bioforming
バイオフォーム。環境を変えるテラフォームの逆で、身体の方を変える。

Warm Ones
温きものども。レイト・スリーパーから見た人類。