イザベル・フォール「私の性自認は攻撃ヘリ」に関するメモ

原文はアーカイブを、翻訳は『紙魚の手帖 vol.03』を参照した。

To the people who say a woman would've refused to do what I do, I say— Isn't that the point?
女が女を捨てるなんてありえないという意見には、こう言いたい。なにがまずいんだ?(p.65)

(女ではない something furiously new になりたい、女だったらしないことをしたいのだから)女を捨てること、それこそが核心じゃないか。

furiously new も「まったく新しい」では少し物足りないが、そのまま「猛烈なまでに新しい」とするのがいいかというと微妙か。

the Santa Ana feeds a smoldering wildfire and pulls pine soot out southwest across the Big Pacific.
サンタアナを山火事が襲い、松林の煙が南西の太平洋に流れる(p.65)

「サンタアナの風が燃えくすぶる山火事を煽り、松林の煙を南西の太平洋へ運ぶ」。煤の被害的には海そのものより沿岸南西部のことっぽい気はする。

This is enemy territory. You can tell because, though this desert was once Nevada and California, there are no American flags.
ここは敵地だ。かつてネバダ州とカリフォルニア州にまたがっていたこの砂漠に、星条旗はもうひるがえっていない(p.66)

後で判定基準の話があるように、星条旗がないので敵地であるとわかる。

battery fire
対空砲火(p.66)

システム内部の異常だから counter-battery fire ではなくバッテリーの発火だろう。

I ask your empathy, not your sympathy.
共感はいらない。同情だけでいい(p.67)

エンパシーとシンパシーの区別には統一見解がなく、著者がどんなつもりで使っているかも不明だが、共感と同情が逆な気はする。個人的には少し距離のある「思いを汲む」がエンパシーの訳語としてしっくりくる。一緒に浸からず柄杓で汲み取るイメージ。

Then you, more than anyone, helped make me.
だったら頼む。私にも考えさせてくれよ(p.67)

ジェンダー大戦略について考えずにいられないのだとしたら)あなたは私のような存在を生み出すのに誰よりも貢献したことになる。

I am a being of opposing torques.
トルクと対向推力(p.67)

opposing torques が反作用トルクなのか、それを打ち消すアンチトルクなのかよくわからないが、たぶん後者のことだろう。

the way one helicopter's sensors can be slaved to the motions of another.
ヘリのセンサーは敵を追うのが得意だ(pp.67-68)

ヘリのセンサーが絶えず敵の動きを追うようにして。

An airplane wants in its very body to stay flying. A helicopter is propelled by its interior near-disaster.
航空機の機体はいつも飛んでいたい。ヘリは強烈な内的欲求で飛ぶ(p.68)

飛行機はその全身が飛び続けることを欲する。ヘリは内に秘めた災厄を推進力に飛ぶ。

"Normalize the target."
「ターゲットを平準化せよ」(p.68)

ミリタリ分野で通常使われるであろう neutralize じゃないのは「ノーマル」な性的指向という物言いへの皮肉である、という指摘を見かけた。

It's a sense of passing.
ただの通過感(p.68)

社会的に受け入れられている、通用している、及第しているという感じ。

why did Axis hesitate? How did Axis hesitate?
アクシスがためらったのはなぜか。なににか。(p.68)

ジェンダー攻撃ヘリに変えたのに)どうしてためらうなんてことがありうる。

Axis reports, without emotion, and my heart beats slow and worried.
アクシスは報告した。感情を欠き、心拍は遅く、暗い調子(p.68)

アクシスが無感情に報告する。私の心臓は不安を抱いたまま、ゆっくりと脈打つ。

"Exiting north, zero three zero, cupids two."
北へ離脱。030。キューピッド2(p.69)

方位。北(正面)000、東(右)090、南(後方)180、西(左)270。

cupids は angels と同じく高度の単位。ただし現実だと100フィート単位は cupids ではなく cherubs とのこと。キューピッドになっているのは天使の階級を踏まえるとケルビムの高度がエンジェルより低いのは変だからだろうか。

angels twenty
角度20(p.69)

1エンジェル=1000フィート。angle との見間違い。

De-networked Briefing Element
非ネットワーク講習教材(p.69)

講習に限らず作戦内容のブリーフィングにも使っていそう。

we began to attach clusters of behavior to signal social roles.
特定の行動をとる集団ごとに社会的役割のサインをあたえた(pp.69-70)

「一群の行動に意味を持たせて社会的役割を伝え合うようになった」。we began to attach clusters of behavior (to meanings) to signal social roles.

"Give me a warning before he's in IRST range," I order Axis.
私はアクシスに文句を言う。「赤外線捜索追尾システムのレンジにはいるまえに警告しろよ(p.71)

まだIRSTの範囲外なので、近づいてきたら警告してくれと命じている。

wasn't sure if I wanted to be or wanted to fuck,
自分がそうなりたいか、そうしたいかはべつとして(p.72)

セックスしたいからなのかはわからなかったが。

Nobody expects a helicopter to be sleek.
ヘリに速さはいらない(p.72)

ヘリに小綺麗な身なりなど求められていない。

They may believe that their only function is to build support systems around pear trees.
あるいは梨の木を保護育成するためだけに人間は存在していると認識しているのかもしれない(p.73)

their は人工知能を指しているのでは。

scale atrocity
規模にもとづく破壊(p.73)

ニュアンスがわからない用語。mass atrocity とは違うのか。

fossil capitalism
旧弊な資本主義(p.73)

化石資本主義の意味で使っているかは微妙か。

Pear Mesa's citizens cannot question the machines' decisions.
ペアメサ市民は機械の決定を絶対に疑わない(p.73)

問いただそうにも(ブラックボックスなので)どうしようもない。

When you imagine the innocent dead, who do you see?
そんな人畜無害の死があるとしたら、それはだれの死だ?(p.74)

罪のない死者を思い描けと言われて、目に浮かぶのはどんな顔だ。

when it's not coming straight into my skull through helmet mic.
ヘルメットのマイクから頭蓋に直接響くと(p.74)

直接響いてこないときは。

Like hiding a corroded tail rotor bearing from your maintenance guys.
テールローターのベアリングの腐食を整備員が黙っていたような感じだ(p.74)

腐食を整備員に隠しているような感じ。

"I'm good," I say, with fake ease. "I'm in flow. Can't you feel it?" [...] "We're gonna be okay."
「べつに。順調。感覚でわかるだろう。うまくいくさ」(p.74)

平気を装って、が抜け。

but he's aware of our presence.
存在は見える(p.75)

存在には気づいている。

The fighter's lidar pod is trying to catch the glint of a reflection off us.
戦闘機のLIDARにガウンのきらめきを捉えられた(p.75)

LIDARが(レーザーの)反射光を捉えようとしている。

I like talent and prestige, the status that comes of doing things well.
性的魅力があるやつも、仕事にともなう地位も好きだ(p.75)

才能や名声、仕事にともなう地位も好きだ。

I have weapons to use, of course, ways of moving, moans and cries. But I measure those weapons by their effect, not by their similarity to some idea of how I should be.
私には武器がある。動かし方も、鳴かせ方も知っている。しかしそれが本来の使い方だ。自分のあり方の比喩じゃない。(p.75)

私にも武器はある。身のこなし、泣き落とし。だが、そういう武器を使うのは効き目があるからであって、あるべき理想像に近いからじゃない。

Oxytocin
快楽物質(p.76)

もう知名度はあるだろうしオキシトシンでいいだろう。知名度がなくても化学物質名はそのままでいいと思うが。

And my mind is hyper-activated, free-associating, and as Axis works in me I see the work we do together.
思考は活性化し、流動化する。アクシスに操縦され、おたがいを操縦する(p.76)

心は活性化し、自由連想を始める。アクシスが入ってくると、ふたりの共同作業が眼裏をよぎる。

why has the worst insult you can give a combat pilot always been weak dick?
軍用機パイロットにフニャチン呼ばわりは最悪の侮辱だ(p.76)

「(規律と肉体を交じり合わせるのがおかしいって言うなら聞かせてくれ)なんで昔からフニャチン呼ばわりが最悪の侮辱なんだ」。そのまま疑問文にした方が流れがわかりやすいと思う。

so he fires a missile that will finish the search,
ミサイル自身に最終的に捕捉させる(p.76)

捕捉の決め手となるミサイルを発射する。

Or at least make us react.
こちらの方法を見る方法もある(p.76)

最低でも対応を迫れる。

but the way you know how to hold your elbows when you gesture.
卑猥なジェスチャーをするときの肘のかまえ方としてわかる(p.76)

どういうジェスチャなのかわからない。卑猥な仕草なの。

Music? Glare?
音楽は? 閃光は?(p.77)

ミュージックは電子戦を意味するジャーゴン。グレアは実際に用語として使われているわけではないっぽいが、直後にレーザーでミサイルのレーダーを潰す妨害手段との記述がある。

turning me for a kiss,
顔の向きを変えられたように(p.77)

キスをするために、が抜け。

Because your cock would be enough to make you a man.
ペニスがあれば男だというなら、そういうことになる(p.78)

ここ、一瞬ぴんとこなかった。「ペニスさえあれば男たりうるのだから、と(ドレスを着たりお互いをべたべた褒めそやしたりするか。しないだろう)」。

from the twenty minutes of anxiety after we land when I cannot convince myself that I am home, and safe, and that I am no longer keeping us alive with the constant adjustments of my hands and feet.
もう無事に帰投できない、手足を使った微妙な操縦でも飛行は無理と思いつづけてどうにか着陸できたあとの切望した二十分間(p.79)

着陸後、無事に帰投したのだと、もう生き延びるために絶えず手足を動かさなくてもいいのだと信じ切れず不安に駆られる二十分間。

shivering with adrenaline comedown,
アドレナリンで体が震えた(p.79)

アドレナリンが切れて。

Why would we choose anything else? Why would we give this up?
自分たちをなんだと思ってる? なぜ任務を任されてると?(p.79)

他の選択肢なんてない。この生き方を捨てられるわけがない。

Who are we in those moments when we break our own rules? The straight man who sleeps with men? The woman who can't decide if what she feels is intense admiration, or sexual attraction?
ルールを破るときはいつもそれ。ノンケの男が男と寝るとき。女が自分の感じているのが強い愛着なのか、ただの性欲なのかわからないとき(p.80)

ルールを破る瞬間の我々は何者なのだろう。男と寝るストレートの男なのか。自分の感じているものが強い畏敬の念か性的魅力かわからない女なのか。

to tear away from stillness and fly.
静止状態から逃げたがる(p.80)

静止状態を振り払い、そして羽ばたく。

We are propelled by disaster.
災厄に追われて飛ぶ(p.81)

災厄を推進力に飛ぶ。

余談

  • 原文は発表当時ピーター・ワッツが褒めていたので読んだのだが、ところどころ本当にワッツっぽくて笑った。アメリカは討伐した部族の名を機体につけるという皮肉のセンス。五大湖の一大湖への変容を Greater Lake と比較級ひとつで示し、「鳥を見たことがあるなら」と絶滅を示唆する手つき。温暖化、砂漠化、山火事、感染症活動域北上といった環境の荒廃を当然のものとして背景に組み込むところ。任務のために最適化される心、にもかかわらず生じる葛藤。ブラックボックス人工知能が指示する不透明な作戦。乱舞する軍事ジャーゴン
  • 血液に毒性を持たせても当の蚊はお構いなしに刺してくるわけで、マラリア感染の防止にはならないと思うのだが、どうだろう。