デイヴィッド・モールズ “The Metric”

Asimov's Science Fiction 2021年5-6月号に初出。
分量およそ16300語、日本語訳なら文庫80ページくらい。

あらすじ

  1. The Ship
    アンキアライン家の双子のきょうだいパイパーとペタルが暮らす地球最大の都市セプテントリオンに、宇宙船が飛来する。

  2. The Stranger
    アンキアライン家を中心とする調査隊は船の墜落地点で小球体を発見。球体から投影された異邦人ティラーは古代の言語で「世界が終わろうとしている」と告げる。

  3. The Message
    ティラーが語る人類の歴史と宇宙の終末にペタルは魅せられる。強まるクインテッセンスの影響で宇宙は遠からずバラバラに引き裂かれる。宇宙はメトリックで繋ぎ止められているが劣勢は覆しようがなく、現宇宙の完全なる死を経た新たな時空の創造に望みを託すには、今や終わりの妨げとなっているメトリックを、その結節点である地球を破壊しなければならないとティラーは告げる。目的を果たすためにティラーが求めたオールド・マシーンへのアクセスを都市側は拒絶する。

  4. The Lake
    アーマーを着用したペタルはアーカイブに幽閉されたティラーを連れ出し、ボートで湖を渡って南へ消えた。セプテントリオンと同じくオールド・マシーンを有する南方都市メリディオンが目的地だと判断したパイパーら捜索隊は、ふたりの後を追う。

  5. The Ice
    凍りついた大地を進むペタルとティラー。道中、パイパーらが残したと思われる「帰ってきて」とのメッセージを無視して長い旅路の果てに辿り着いたメリディオンは、ほとんど廃墟と化していた。

  6. The Other City
    メリディオンの兵士に捕らわれたペタルはパイパーらと再会する。

  7. The Metric
    パイパーとペタルはティラーを追ってメリディオンのサケラム(礼拝所)へ向かう。

用語

メトリック metric
クインテッセンスの増大に抗って構造を維持された時空間。
クインテッセンス quintessence
宇宙の加速膨張の原因であるダークエネルギー

セプテントリオン Septentrion
7万年の歴史を持つ地球最大の都市。
アーカイブ Archive
かつて宮殿だった図書館。
リミット・カーディナル Limit Cardinal
アーカイブにある公共広場。極限基数。
サケラム sacellum
オールド・マシーンにアクセスできる礼拝所。
オールド・マシーン old machines
メトリックを制御している可能性がある都市最古の機械知性。

〈天国とは永遠の旅人が渡りし渦、地上とは未だ旅人が渡らざる渦〉号 Thus is the Heaven a Vortex Pass'd Already, and the Earth a Vortex not yet Pass'd by the Traveller thro' Eternity
地球に来訪した10億歳の船。船名はウィリアム・ブレイクの詩「ミルトン」の一節。
メリディオン Meridion
セプテントリオンの対蹠点にある都市。
ホッドミーミルの森 Hoddmímis Holt
ティラーを送り出した世界。

生体 living
可動体 motiles
固着幽体 sessile ghosts
計算体 computationals
機能体 functionals
構成体 constructed
肉体、ロボット、人工知能、アップロードなどを指すと思われる用語群。

登場人物

パイパー・アンキアライン Piper Anchialine
セプテントリオン市民。ペタルの双子のきょうだい。15歳。
ペタル・アンキアライン Petal Anchialine
セプテントリオン市民。パイパーの双子のきょうだい。14歳。

ティラー Tirah
使節

ヘア Hare
パイパーとペタルの鼎親。メリディオン出身。
カッター Cutter
パイパーとペタルの鼎親。
スワン Swan
パイパーとペタルの鼎親。
ハロクライン Halocline
アンキアライン家に代々仕える家政幽体。

タナー・キャンペストラル Tanner Campestral
対応局の一員。
ゲージ・マルパイス Gauge Malpais
アーカイブ所属の可動体。
アエディリス Aedile
アーカイブ読書室の固着知能。
カスル Castre
ヘアが所有するメリディオン製アーマーに搭載された固着知能。

フライマ・ヘイメドベアルン Flyma Haemedsbearn
メリディオンにおけるヘアの親族。

感想

  • 「地帯兵器コロンビーン」以来9年ぶりの新作。ローカス賞ノミネート記念でPDFを公開中。Asimov's や Analog は読者賞候補作もほぼ全開放していて気前がいい。
  • 航行歴10億年の船、星の消えた空、地球に残された最後の巨大都市、彼方より来たる使節、熱的死に向かう宇宙の終焉とその新生、時空を引き裂くダークエネルギーと対抗策たるメトリック、ほぼ全球凍結状態の地球を半周する旅。クラークを思わせるど真ん中ストレートの気宇壮大な舞台と道具立てのハードSF。
  • とまあ、そう称しても間違いではないのだが、羅列した要素から想像されるようなダイナミックな話を期待するとちょっと拍子抜けする。舞台は終始地球上、ペタルの旅とそれを追う捜索行に紙幅を割いている。人間は現代と身体的に変わりはなく、頭にポストとつくような遠未来感は薄い。
  • 「実を言うと、時空はもうだめです」と告げられた人類側がその報せをどう思っているのか明示的に語ってはくれないため、主役であるペタルの気持ちすらよく掴めないまま読んだ。サイクリック宇宙論をはじめとするハードSF要素は適当に読んでも楽しめたが、ドラマを追うのに難儀した。スペクタクルが展開されるであろうという予断とのずれを較正しきれずじまいだった。単純にこれつまらないのでは、とも思う。
  • ティラーを送り出すためだけに自分たちの世界の全てを蕩尽した〈ホッドミーミルの森〉側の話のほうが気になる。このテーマなら自死と引き換えの新生を巡る議論をもっと書いてほしい。凍った地球を行く旅がメインになっているのは釈然としなかった。
  • 章題に添えられているのが崩壊までの秒読みと気づいたときはなんか笑ってしまった。しかも猶予が短い。
  • 3人の親を持つ100日違いの双子のきょうだい、なぜか採用されているフランス革命歴、古代ギリシャ由来らしき用語など、妙なフックがちらほら。地学用語が名前に使われているのは気に入った。
  • 性別を特定する代名詞の使用は慎重に避けられている。翻訳の際はパイパーとペタルの一人称をどうするかが悩みどころか。
  • 最後の章題をタイトルと同じにするのアニメみたいだと思ったら「フィニステラ」「街に兵あり」でも同じことをしていた。
  • 著者が執筆の過程を語った記事