グレッグ・イーガン “Zeitgeber”

2019年9月 Tor.com に初出。
分量およそ10300語、日本語訳なら文庫50ページくらい。

あらすじ

サムとローラの娘であるエマは夜中に目覚め、昼に眠るようになってしまった。近隣の騒音や悪夢、脳腫瘍や睡眠障害が原因ではなさそうで、同じ症状に悩む人は急増していた。どうも日光などの刺激を受けても体内時計がリセットされなくなり、各個人が独自のリズムに従うようになったらしい。この事態に社会は対応を迫られる。教師であるサムはエマのことで気を揉みつつ、新しい教育体制の調整にも尽力してゆく。

感想

  • 睡眠時間帯が毎日少しずつずれていくフリーラン型の睡眠障害。そんなフリーランナーが人口の多数(作中では5分の1)を占めるようになったらどうなるのか、というワンアイデアストーリー。
  • 教師のサム視点なので、各生徒のリズムに対応できる24時間体制の学校の運営が主に描かれる。白昼の寝落ちで事故が起きていたりもするのだが、社会への影響を手広く追いはせず、家族の周辺で話をまとめている。
  • 元凶がバイオハッカー集団というのが今風、と思ったけれど、こういうのは用語が変わるだけでお馴染みのマッドサイエンティストとも言えるか。
  • 薬が開発されるも、エマたち元フリーランナーは強制される「通常の」生活リズムに馴染めず、自らの内なる太陽に従うことを選んでゆく。概日リズム攪乱テロというネタで子育てや教育を取り上げるだけなら他の作家でも似たような話は書けそうだが、新しい個性の話に帰着するのがこの著者らしいところ。
  • エマは自分の体内時計の時刻を数分の誤差で正確に申告できるのだが、この異常な能力がさも当然のように書かれている。フリーランナーにはそういう感覚が備わるのかもしれないが、特に説明はない。結末にも関わるので気になった。
  • 初期のオブセッションが鳴りを潜め、地に足ついた地味なヒューマンドラマをやっている、2010年代イーガンの枯れた味わい。パニックや対策のシミュレーションは少々物足りないし、親子関係もやや類型的だが、そこそこ面白かった。