翻訳:ピーター・ワッツ「不朽」他10編

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フラクタル

  • 1995年発表。42字×18行×23頁。
  • ジェミマおばさんは長い歴史を持つパンケーキミックスのブランド。人種差別的だとしてつい最近廃止された。
  • オカとラザニア云々はこの紛争のこと。

ベツレヘム

  • 1996年発表。42字×18行×30頁+付記。
  • 脳組織がごくわずかな健常者にはワッツ自身が衝撃を受けたらしく、例えば『6600万年の革命』にも言及がある。ブログにも記事がある。
  • イェイツの「再臨」は『エコープラクシア』「巨星」でも引用されている。

ジャズミン・フィッツジェラルドの再臨

  • 1998年発表。42字×18行×35頁。
  • デジタル物理学への関心の片鱗がうかがえる。オメガポイントと言えば「血族」のアーカイブもそれっぽい。人工無脳的な会話、パートナーの人格の書き換えも後年まで続くモチーフ。

But Myles to go before I sleep...

ロバート・フロストの詩 Stopping by Woods on a Snowy Evening の一節のもじり。

You should be told the difference between empiricism and stubbornness, Doctor.

スタートレック』の「殺人鬼コドス The Conscience of the King」から。

バルク食品

  • 2000年発表。42字×18行×30頁+付記。ローリー・チャナーとの共作。
  • 会場を見張らなくてもギフトショップに人が駆け込んでくるのを待ち伏せすればいい気もするが、そこは話の都合か。
  • 定期便を運ぶたびに人が事故に遭ってたらすぐばれそう。
  • ボブ・フィンチはヴァンクーヴァー水族館で館長を務めていたジョン・ナイチンゲールからか。ハミルトンの方はわからない。

大使

  • 2000年発表。42字×18行×16頁+付記。
  • 宇宙を舞台にしたSFはその後いくつか発表されたが、アメリカの雑誌に載ったことは相変わらずないようだ。〈アシモフズ〉への投稿作を勝手に〈アナログ〉に回された挙げ句、送った覚えもないのに「きみの短編、悪くないけど暗いんだよなあ」と没の連絡を受けた80年代のエピソードをインタビューで語っている。

異教徒のための言葉

  • 2004年発表。42字×18行×23頁+付記。
  • プロリニウス Prolinius で検索してもキノコしか出てこない。創作だろうか。
  • ヨセフス Josephus は著者のミドルネームでもあるらしい。

カゲロウ

  • 2005年発表。42字×18行×24頁。デリル・マーフィーとの共作。
  • 4文字しか使わないから、はさすがに大雑把すぎでは。

過去を繰り返す

  • 2007年発表。42字×18行×4頁。
  • 最悪の大統領が誰のことかわからない。

ヒルクレスト対ヴェリコフスキー裁判

  • 2008年発表。42字×18行×4頁。
  • エホバの証人をやり込めることができなかった逸話を知っていると微笑ましい。

マラーク

  • 2010年発表。42字×18行×19頁。
  • 2つの先行訳を適宜参照した。記して感謝します。

不朽

  • 2017年発表。42字×18行×24頁。
  • 初出はXプライズ財団とANAのコラボ企画 Seat 14C。2017年に東京を発った飛行機が時空の裂け目に突入し、2037年のサンフランシスコに到着、乗客は明るい未来を目撃する、というのが参加作家に与えられた導入。安易なタイムスリップのせいで乗客の処遇、時空の裂け目の正体といった余計な問題が生じているが、これらにかろうじて理屈をつけ、プロットに絡めているのがワッツらしい。
  • 議論の形で開陳されるアイデアは剥き出しの投げっぱなしと言うほかなく、『2010年代海外SF傑作選』の収録候補にならなかったのも頷ける。とはいえXプライズの問題点を論じ、設定を活かす律義さは好ましい。出来はともかく、何か言いたくなる作品ではある。
  • 人口抑制策としてのジカウイルス。最近は(予備的研究に基づいた机上の空論だと断りつつ)新型コロナウイルスが不妊化を招く可能性にうきうきしているようだ。
  • VRアナルはたぶん大腸内視鏡検査体験のイメージ。
  • トゥイーク環境注入の有効期限とされる1995年はXプライズ財団の設立年。また、第1回気候変動枠組条約締約国会議COP1の開催年。
  • マリカの時間稼ぎ策はジョン・ブラナーの長編 The Sheep Look Up からの影響があるらしい。Stand on Zanzibar ともども人生を変えた作品だとか。
  • 結末におけるマリカは自分の生死に頓着していない。自己保存本能を捨てて持続可能性を獲得するという逆説。
  • 伊藤計劃『ハーモニー』を連想するのは海の向こうでも同じようで、ブログに質問が寄せられていた。「読んだことないけど面白そうだ」とのこと。
  • 先々のことを考えられるようになる=賢くなるではないよね、というごもっともな指摘には「部族根性で認知が歪んでなければ人は元々それなりに賢い」と応じている。はぐらかされている気もするが、なんにせよ判断には信頼性のある情報が必要なわけで、AGIなどのインフラ次第ではないだろうか。
  • ホープパンクに対する見解は例えばこのブログ記事がある。
  • 掲載サイトは2022年1月現在閲覧できなくなっている(著者によればサイトが落ちる前から “Incorruptible ” は削除されていたらしいが)。アーカイブや転載先があるので読むのに支障はない。

Despotism may be the only organisational alternative to the political structure that we observe.

The limits of liberty: between anarchy and Leviathan (日本語訳『自由の限界 人間と制度の経済学』)から。翻訳の確認はしていない。observe は遵守でいいのかわからない。

A human face with a boot stamping on it.

ジョージ・オーウェル1984年』から。

"By George," Tami says, "I think she's got it."

映画『マイ・フェア・レディ』から。ジョージがいるので紛らわしい。

It really was a giant leap forward. Turned the Internet into one big corpus callosum. Lets people talk mind-to-mind.

パラグラフ的にこれはタミの発言のようだが、後で George's big corpus callosum と書かれているのでジョージの発言にした(別にどっちでも大差ないが)。

the human race doesn't want to be turned into paper clips.

超知能の危険性を示すニック・ボストロムの思考実験 Paperclip maximizer から。