アクセル・ハッセン・タイアリ “Fatima”

The Big Click 2015年7月号に初出。
分量およそ6200語、日本語訳なら文庫30ページくらい。

あらすじ

〈シテ・ブルー〉のボスであるアリ、その妹のファティマと寝たという根も葉もない噂を流されたアブデルは、スクーターで夜のパリを駆ける。あえて警察を挑発して追手の車に目を向けさせることで辛くも追跡は撒けた。兄貴分のフスニと合流し、アリの元へ直接出向いて誤解を解くことになる。ファティマ本人も否定したことで事態は丸く収まるも、先の追手が警察に追われて会合の場に現れ、そのまま乱闘にもつれ込んでしまう。

感想

  • 2007年のパリを舞台にしたノワール青春小説。郊外団地「シテ」に住むアルジェリアムスリムの不良少年たちの諍いと、彼らに降りかかる警察の暴力を描いている。
  • ファティマは『アラジン』のジャスミンがジャファーに見えるほどの絶世の美人。シテの一同の前ではアブデルを「あんなガリガリの子とあたしになんかあるわけないでしょ」と一蹴するが、警察から逃れて入り込んだ建物の地下室で顔を合わせたときは「痩せた男の子、別に嫌いってわけじゃないから」と言って、肩に頭を載せてきて眠ったりする。
  • 乱闘の最中、暴徒鎮圧用ゴム弾フラッシュボールでフスニは目を潰され重体に。悲惨な巡り合わせに、これが神の導きの結果かとアブデルの信仰は崩れ去る。
  • 移民視点のパリ、警察が行使する過剰な武力、高嶺の花との淡い交感、同性愛、揺らぐ信仰、と様々な要素をヒップホップをBGMに展開している。
  • やはり映像的で疾走感ある文章が格好いい。固有名詞がいいアクセントになっている。車が発する音楽の重低音を「リヒタースケールで悲惨な数字を叩き出すはずだ」と表現したり。
  • フスニやファティマとのエピソードがもうひとつ足りていない感じがある。特に「水が血よりも濃くなりうる証明」とまで書かれているフスニとの友情はもう少し見たいところ。
  • そういうわけで物足りなさはあるのだが、もはや花の都なんてイメージではないパリを見られるのは楽しい。服はジャージだし、得物はバットとかバール。