ダリル・グレゴリイ “Brother Rifle”

2020年3月 Made to Order: Robots and Revolution に初出。
分量およそ7800語、日本語訳なら文庫40ページくらい。

あらすじ

ドローンやロボットのシステムオペレーターとして攻撃判断の可否を下していた海兵隊伍長ラシャド・ウィリアムズは、一発の銃弾で眼窩前頭皮質を損ない、あらゆる意思決定ができなくなってしまう。途絶えた意思と感情の連絡を脳インプラントでバイパスする実験的なリハビリに取り組むうち、ラシャドは少しずつ感情を認識できるようになっていく。だが、それは自らが戦地で犯した過ちに再び向き合うことも意味していた。

感想

  • 「第二人称現在形」のS先生ことスブラマニアムが再登場する認知疾患リハビリもの。ATLAS (Advanced Targeting and Lethality Automated System) なる最新の標的捕捉自動化システムに取材しつつ、ロボットさながら決断を下せなくなった人間を中心に置き、アンソロジーのテーマに得意分野で応えている。
  • ラシャドの症状やリハビリはアントニオ・ダマシオのソマティック・マーカー仮説に基づいて描かれている。ただ、「第二人称現在形」にあったメタファーを活用した巧みな説明は見られないので、比べてしまうとやや味気ない。
  • インプラントによる感情反応の較正という「しあわせの理由」や『あなたのための物語』的な要素もあるのだが、なにしろラシャド自身が無感情になっているので、その手法の是非を巡って激しい議論にはならない。
  • 前作のS先生は仏教やら何やらで事態をややこしくしていただけのような気もするが、今回は処置すらほぼ助手任せ。ラシャドが淡い好意を抱くようになる助手のアレハンドラと離ればなれになってしまうのもS先生が大学にポストを見つけたから。
  • 「第二人称現在形」には意識消失ドラッグならもっとこう別の話になるんじゃないのという困惑がなくもなかった。今回は戦闘判断の自動化、戦地でのトラウマ、リハビリが生むジレンマといったパーツがうまいこと組み合わさっていて良かった。当世風の材料を危なげなく料理していて、安心して読み進められる。
  • 安定感ゆえのインパクト不足は感じる。面白いし、そつはないのだが。
  • SHEP というロボットの名前がなんの頭字語かわからない。
  • ラシャドの任地はカシミール地方。正直どこでもよさそうな話ではある。地図上の形や管理ラインを分断された脳に重ねている、ってわけでもなさそう。

翻訳

原文は Kindle を、翻訳は『創られた心』2022年2月発行の初版を参照。

he was a person who made things happen. Then, suddenly, he became an object that things happened to.
彼は物事を引き起こす人間だったが、それ以降の彼は受け身一方の人間になってしまった(p.131)

出来事を引き起こす人間だった彼は一転、出来事が生起する物体になっていた。

Subramaniam
サブラマニアム(p.131)

「第二人称現在形」ではスブラマニアム表記。

LOC(後方連絡線)(p.136)

管理ライン Line of Control。インドとパキスタン軍事境界線

Acquiescence was his default.
が、聞かれて黙っていると、彼の怠慢ということになってしまう(p.137)

黙従が彼のデフォルト状態だ。

He was a Black cowboy from Montana, a thing Rashad hadn't known existed.
モンタナ生まれの黒人で、無鉄砲な男だった。ラシャドはモンタナの存在さえ知らなかった(p.142)

モンタナ生まれの黒人カウボーイという、ラシャドの知識にない境遇の男だった。

a known entity on its map
地図上に空き家とタグをつけた建物(p.150)

empty との見間違い。

brought up the hornet's stream side by side with the SHEP's.
SHEPと平行移動していたホーネットからのライブ映像を呼び出した(p.150-151)

ホーネットからの映像を呼び出してSHEPからのものと並べた。

It was the strongest, most piercing emotion
これほど奇妙な突き刺すような感情(p.157)

strangest との見間違い。