ピーター・ワッツ “Defining an Elephant”

2004年1月 Odyssey に初出。
分量およそ3000語、日本語訳なら文庫15ページくらい。

あらすじ

深刻化する種の絶滅によって地球環境は崩壊寸前となり、人類に残された時間はあと15年と推定された。生物多様性を回復すべく、人々は軍事衛星ネットワーク CAPTAIN に環境の監視および再建の任務を託す。だが世界を救うはずのマシンは軌道上からレーザーや核の雨を降らせ、地上を火の海に変え始める。不可解な暴走の原因はプログラムされた「生命」の定義にあった。

感想

  • 初出は生徒を読者に想定したSFアンソロジーシリーズの1冊で、収録巻は中学1年生を対象としている。著者唯一のヤングアダルト作品。
  • 登場人物は語り手の生態学者と軍人だけで、ストーリーらしいストーリーはほぼない。機械がルールを忠実に守って災厄を招くいつものやつ。
  • どれだけ生命の特徴を列挙しても例外は必ず出る。生命を定義するのは象を定義するのにも似ている。定義するのは難しいが、見ればわかる(これはおそらく元米国最高裁判事のポッター・スチュワートの名言からか)。
  • 試験段階の CAPTAIN は細菌や細胞小器官まで数え上げ、ひとりの人間から300近い種を見出してしまう。「構成要素ではなく全体としてのシステムを数えろ」と教えると今度は極端に数が減った。計画の遅れに業を煮やした軍人は、あとは自分たちでやると言い出す。結果、世界は火に包まれることに。
  • どんな生命も別の生命に依存している。酸素を生産するプランクトンや食料となる草から切り離されたら、象は死ぬ。境界線を引くことは不可能だ。つまり地球にはバイオスフィアというただひとつの種しか存在しない。そう判断した CAPTAIN は火を撒くことで生物多様性を増やそうとしている、と語り手は推測する。火は生きているからだ。
  • 「火は呼吸する。酸素を消費し、二酸化炭素を産み出す。木から肉まであらゆるものを摂取して、食事もする。灰や煤を排泄し、宙を舞う小さな胞子で生殖さえしている。火花は親から完全に分離して、新しい炎を上げ始める」。しかも火は様々なもの(乾木、石油、可燃ガス、鉱物など)を糧にしていて種類も豊富だ。
  • 設定が陰鬱との反応もあったようだが、共生が死活問題だというメッセージがわかりやすくていいと思った。軍事衛星を安く転用できたのはテロや紛争が収まっていたからとの記述もある。ただ公民権も一緒に消えたとあり暗いんだか明るいんだかよくわからない。
  • お蔵入りなのが惜しいとは全く感じなかったが、子供向けでも平常運転なところは良かったし、献辞もぶれがなくて笑えた。「管を縛った(あるいは切った)全ての人に捧ぐ。62億でもう充分だ」。