マシュー・クレッセル “Love Engine Optimization”

Lightspeed 2017年6月号に初出。
分量およそ5300語、日本語訳なら文庫30ページ弱くらい。

あらすじ

サムはSNSを浚い、クラウドに漂うデータを収集して候補を絞り込み、自らの理想に適う人を探し求めていた。今回見つけたジェーンという子はなかなか悪くない。サムは知り得た個人情報を活用し、ウェアラブル端末から読み取る心拍数や瞳孔拡大率で興奮度を測りながら彼女を巧みに誘惑しようとする。しかし首尾よくジェーンの気を惹いたと思った矢先、デート中にハッキングされて情報機器がダウンしてしまう。

感想

  • ウェアラブル端末が普及している少し先の未来が舞台の恋愛小説。
  • やっていること自体は洗練されたネットストーキングなので真新しさはそんなにないけれども、個人レベルから見た監視社会には卑近な面白さがあるし、容赦ないようでいて間の抜けた面もあるサムのキャラクタが良い味を出している。
  • サムの戦略はジェーンの気に合う人物を装うこと。ジェーンお気に入りの歌詞を引用して音楽の好みが同じだと思わせてみたり、幼少期の幸せな想い出を髣髴とさせるデートをしてみたり。では相手の好みを映し出すだけで自我が空っぽなのかというとそうでもなくて、妙に強いこだわりも見せる。ジェーンの化粧やヘアスタイル、服のセンス、喫煙の習慣には不満なようだが、完璧な人間などいないのだし、それはおいおい修正していけばいいと考えている(実際に広告を誘導して自分好みの服を買わせている)。
  • そんなサムも用意しておいたメモや生体データにアクセスできなくなるとうろたえて言葉に詰まってしまう。ジェーンを不完全ゆえに魅力的だと評するサムもまた完全無欠ではない。アドリブが利かず、身体的反応という客観的な指標を失っておろおろする姿は憎み切れない(ハッカーに復讐されたのもボットのハックをネットで吹聴していたから)。
  • リアルタイムヘルプがせいぜいプロンプター止まりなところがほどよい。これが流暢なAIに耳元で助言してもらえるレベルまで行くとちょっと白けてしまう。サムはハッカーなので相手の脈搏まで読み取れたが、実際には自分の状態を把握するために使う方が簡単だと思う。自分の好悪を分析するのもそれはそれで嫌だが。
  • サムはハッカーに報復を返すが、今度はジェーンを監視していたことを暴露されてしまう。困惑するジェーンにサムは言う。仮に告発が真実で、データを使って誘惑していたとして、何が問題なのか。何百万人の中から最良のひとりとして選ばれるのはそう悪くもないのでは。こちらがやったことと言えばあなた好みの人間になろうとしただけだし、双方が望む相手を得られるのならきっと最高だ、と。マッチングの申し子らしい見解。
  • 結末も切れがあって良かった。飢えに衝き動かされて理想の恋人を検索し続けるラヴ・エンジンたるサムの造形がきれいに完成する。
  • ひとつ気になる点があるとすれば、冒頭でジェーンがサムにある単語で呼びかけていること(普通に使うこともあるのかもしれない)。