マシュー・クレッセル “The Meeker and the All-Seeing Eye”

Clarkesworld 2014年5月号に初出。
分量およそ5700語、日本語訳なら文庫30ページ弱くらい。

あらすじ

〈従者〉ミーカーと〈全てを見そなわす眼〉オールシーイング・アイの一行は、死んだ恒星を収穫して宇宙を巡っている。その旅の途中で見つけた石板には生命体の情報が符号化されていた。これはひょっとして消失種族の遺物か。太古の謎に浮き立つふたりはすぐに展開を実行。現れた生物はベスと名乗り、眠る直前、歴史を変えうる未来への伝言を妻のスローンから聞いたと語る。ところがウイルスに感染していたベスは発作を起こしてあっさり死亡。何も聞けず、邂逅がつかの間に終わって気落ちするミーカーにアイは言う。心配しないで、もう次のベスを作り始めてるから。

感想

  • 九本の腕・複数の胃・外鞘を持ち、粘液をコミュニケーションに使う従属知性のミーカー。銀河核に建造された〈大全〉を本体とする霧状知性のアイ。ふたりの愉快な珍道中――なのは最初だけ。
  • 何十何百と再生された各ベスの発言は食い違い、謎は深まるばかり。好奇心に駆られるアイは苦痛を顧みず製造を続行。一方のミーカーは狂騒する主人への困惑とベスに対する共感を覚えてゆく。
  • 〈大全〉に戻ったアイが数兆体のベスから彼女の半生を再構成したところ、スローンが自ら開発した物質保存技術でベスを符号化した経緯が判明する。それが死に瀕した伴侶を思う行為であることはミーカーからすれば明白だったが、アイはこんな答えのはずがないと探究をやめない。自律性が芽生えたミーカーは主人にきっぱり否をつきつけるが、アイは彼をたやすく葬り去る。
  • 目覚めたミーカーはベスが語った冬山の景色にいた。傍らにはベスもいる。ここは〈大全〉=アイの中で、身体を構成していた物質とともに精神も取り込まれたらしい。ベスによれば、かつて宇宙の諸族はアイとの戦争に敗れたという。人類の遺物を発見した彼らは符号化して身を隠し、解けない謎として「ベス」をアイに差し向けた。ベスが生成される裏で自分たちも生成されるよう仕組んで。巨体が枷となって自身の内部状態を把握しきれていないアイはそのことに気づいていない。もうただの従者ではないミーカーは、アイ打倒の日を虎視眈々と待ち受ける諸族に加わることを選ぶ。
  • ひとつの目標に凝り固まって高度な能力を明後日の方向につぎ込む姿は “Love Engine Optimization” のサムに通じるところがある。ただアイの悪役ぶりは単純で、サムと比べると面白みに欠ける。名前とは裏腹の盲目ぶりが露骨すぎる。
  • グロテスクな可笑しみがある乱造廃棄に喜んでいると、「いや、どう見ても苦しんでるけどいいんすか」とミーカーに真っ当な指摘をされて思わず反省させられる。後半では一転して大量死が抵抗と再生に繋がっていたことが明らかになるわけだが、対アイ用ウイルスとしてベスを使う戦略も苦痛が生じる点は同じなわけで、いまひとつ納得いかない。
  • コミカルなところもあればシリアスなところもあり、設定をコンパクトに開示できているけれども、星も種族も姿を消したちょっと変わったスぺオペが最終的によくある構図になっているように感じた。