マシュー・クレッセル “Your Future is Pending”

Clarkesworld 2019年11月号に初出。
分量およそ5200語、日本語訳なら文庫30ページ弱くらい。

あらすじ

人類は火星着陸に成功したが開拓と植民は進まなかった。全感覚没入機器「メッシュ」が登場し、人々が仮想現実に浸るようになったからだ。認知症の父を独り支えるマーサは、メッシュ・イン中のユーザーをケアするボットのメンテナンスで生計を立てていた。生活は苦しく、都市AIのアルゴリズムに盲従する公共医療サービスからは父の要介護認定がなかなか下りない。自分のことで手一杯なのに、アパート裏の路地をうろつく痩せた野良犬が気にかかって仕方がない。

感想

  • 計算過程が不透明なアルゴリズムに意思決定を委ねることの負の側面を扱ったディストピア短編。
  • メッシュのヘビーユーザーのなかには仮想現実内のプロモーションで若くして富を築いている者もいるが、ソファに横たわる現実の身体は衰弱して垢に塗れていくため、ボットによる栄養補給と清拭を受けなければ死んでしまう。
  • ケア用ロボットのネットワークカードはカザフスタン製の安物で欠陥を抱えているが、不具合を考慮に入れても安上がりだと企業AIは判断している。マーサの仕事は通信の途絶えた顧客の元へ出向いて部品の交換を行うこと。
  • 温暖化が進み、街中の気温は摂氏42度。花粉媒介者は絶滅に向かいつつあり、農作物は度々不作に見舞われる。ドローン受粉、屋内農業に移行するだけの余裕は大多数の農家にはないようだ。
  • うんざりする熱気やすえた体臭のウェットな描写が全体に漂う。閉塞した状況が感覚的に伝わる。
  • 昔のSF映画として『火星の人』が登場するのは単に宇宙開発に積極的だった時代との対比のためだけではないと感じた。ワトニーひとりを救うために膨大なリソースが費やされる陰には、マーサたちのように顧みられることのない人々がたくさんいたはずだからだ。
  • 公衆衛生ボットの巡回でゴミが速やかに回収されるため、野良犬はお零れに預かることすら叶わない。見捨てられるものの象徴として犬が置かれるのは安直な気もするが、一定の効果はある。