アンソロジーの敲き台。
言い出したからには案を出しておく。
- 1作家1作品。
- 2023年3月現在、収録書籍が新品または電子書籍で手に入る作品は採らない。該当するのはファーマー「シャーロック・ホームズ、アフリカの大冒険」、ギブスン「ホログラム薔薇のかけら」「記憶屋ジョニイ」「ガーンズバック連続体」。
- 分量は扉・解説等込みで文庫496ページを超えない程度にする。
『黒丸尚翻訳SF傑作選 ディラック海のさざなみ』
バリー・N・マルツバーグ「最終戦争」
キット・リード「シャン」
キース・ロバーツ「コランダ」
ノーマン・スピンラッド「美しきもの」
ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」
ジョージ・アレック・エフィンジャー「まったく、何でも知ってるエイリアン」
ジョン・スラデック「古カスタードの秘密」
ウォルター・テヴィス「据置き家賃」
イアン・ワトスン「寒冷の女王」
スコット・ラッセル・サンダーズ「昇天」
ルーディ・ラッカー「フーディニの物語」
マーク・レイドロー「ニュートリマンサー」
黒丸尚「電脳無頼物語翻訳考」
ロジャー・ゼラズニイ「ディルファーへの道」
ジェフリー・A・ランディス「ディラック海のさざなみ」
ウィリアム・ギブスン「アカデミー・リーダー」
(並びは翻訳の発表順)
各作品について簡単にふれる。
「最終戦争」
ネビュラ賞候補作。戦況の膠着した戦場で保養休暇を求める兵士とそれを却下する上官の攻防。カフカ、ヘラーが引き合いに出されるような不条理心理小説。
「シャン」
売り上手な友人のタッパーウェア・パーティ(パーティ形式の実演販売)に招かれたシリア。また要らぬ物を買わされてはたまらないとやんわり渋ってみせると、今回は物を売るのではないという。そうして紹介されたのは惑星トーグからの亡命者シャンだった。顛末を語る老女の饒舌が楽しい。
「コランダ」
絶世の美女コランダの心を射止めるため、男たちは氷に覆われた大地を氷上帆船で駆け、一角獣を狩る。かぐや姫チックな難題婚冒険譚。舞台設定はムアコック『白銀の聖域』からの借用。
入れ替え候補:「深淵」
人口爆発で土地が不足したため、海にすみかを広げた人類。移住世代の親と海底ネイティブの子どもとの間には世代間ギャップが生じていた。帰りが遅い子どもを案じる母、という話の筋が地味。
「美しきもの」
ネビュラ賞候補作。凋落したアメリカの文化的遺構を日本人実業家が買いつけにくる。発表は1973年。サイバーパンクに先駆けて書かれた「世界を買う」経済大国日本像。
「みっともないニワトリ」
ネビュラ賞、世界幻想文学大賞受賞作。絶滅したはずのドードーがアメリカ南部の田舎で飼われていたことを偶然知った鳥類学者の院生は調査の旅に出る。
「まったく、何でも知ってるエイリアン」
ネビュラ賞候補作、ヒューゴー賞第2席。万事に一家言あるエイリアンが意外な形で地球人の宇宙進出を後押しするユーモアSF。
「古カスタードの秘密」
自宅のオーブンの中で赤ん坊が寝ているという開幕からひたすらナンセンスでシュールでパラノイアックなネタが繰り出される。黒丸訳は冒頭で夫と妻の発言を取り違えているので、そこは直す必要があるか。
「据置き家賃」
アパートのベッドの上でふれ合っている間は周囲の時間が止まり、自分たちの時間も経過しない現象に気づいたカップルは、ふたりきりのひとときを永遠に楽しもうとする。
入れ替え候補:「幽明界に座して」
辺獄に囚われた男は前世に改訂を加えられることを知り、過去の失敗を改善していくが、ひとつ、どうしても変えられない出来事があった。テヴィスはほとんど全部面白いので何を選んでもいいくらい。
「寒冷の女王」
寒冷化兵器を用いた東西間の気象戦争〈冷戦〉の果てに人類は絶対零度を越えた苦痛を知る。冒頭の perseverance の言葉遊びを見事に翻訳している。
「昇天」
町長の夫ケネスは太陽フレアや環境問題など諸々のリスクに不安を覚えるあまり宇宙服にこもって寝るようになる。それと同時にケネス以外の町民は原因不明の不眠症に苛まれ始める。ニューウェーブのパロディらしき真面目ともギャグともつかない奇妙な一編。
「フーディニの物語」
映画会社と多額の契約を交わした脱出王フーディニは予告なしで放り込まれる不可能状況からの脱出劇を次々と成功させていく。話も訳もノリがいいショートショート。
入れ替え候補:「慣性」
慣性巻き取り機が巻き起こす大騒動。いかにもラッカーらしいドタバタ・マッドサイエンティストSFならこっち。
「ニュートリマンサー」
先割れスプーンの空の色は、ぱりぱりに焼けたTVディナーの色だった。カウボーイならぬ揚げ坊や(フライボーイ)が活躍するお料理版『ニューロマンサー』。純然たるおふざけだが、笑えるのでよし(初っ端の一文がパロディらしく訳されていないのが不思議。初期稿では違っていたとも思えないのだが)。
「電脳無頼物語翻訳考」
「疑問符・感嘆符・彼/彼女・過去形の語尾をなるべく使わない、原文のパラグラフには拘らない、原文が要求する漢字はルビを振ってでも使う」といった翻訳方針を語ったエッセイ。英単語に漢字を当てるのとはまた違った総ルビは一見の価値あり。
「ディルファーへの道」
外来語をほぼ排した翻訳が凝っている〈ディルヴィシュ〉シリーズのプロローグ。
入れ替え候補:「ソロモン王の指環」
ソロモンの魔法の指環めいたテレパシーを持つ男は異星生物とのコンタクトによって変容を遂げる。出来はいまひとつの初期作品だが、珍しさを取るのであれば。
「ディラック海のさざなみ」
ネビュラ賞受賞作、ヒューゴー賞第3席。火事に見舞われたホテルで避けられない死を待つ科学者は、現在に影響を及ぼせず過去へしか行けないタイムトラベルを繰り返す。
「アカデミー・リーダー」
バロウズ『ノヴァ急報』からの引用で始まる散文詩風の掌編。
- 配列の妙を企む能はないのでシンプルに発表された順に並べた。翻訳の流儀が固まっていく過程が見えると強弁できなくもない。「アカデミー・リーダー」はフィルム・リーダーの役割上、巻頭に置くべきかもしれない。
- ショートショートが多めになった。1作くらいはどっしりした中編を置きたい気もするが、いい候補がない。あまり分厚くなるのも避けたいし。選ぶとすればギャレット「フィオン・マク・クーメイル最後の戦い」(110枚)、ショウ「凍てついた獣たち」(120枚)のどちらか。
- 前者はケルト神話のフィン・マックール率いる戦士団が地獄でルシファーに傭兵として雇われ訓練に明け暮れる、少しとぼけた味わいの変な話。後者は地球に帰還した航宙士が出航直前に起きていた殺人の容疑をかけられるミステリ。ウラシマ効果によって生じる自他の認識のずれ、氷晶型異星生物〈凍てついた獣〉といったSFらしいギミックが詰まっているのはいいが、真相がしょうもない。
- 解説を書いてほしい筆頭は円城塔。翻訳も手がけているし、こうも言っていて、伊藤計劃に劣らず黒丸フォロワーと思しいため。疑問符も感嘆符もほぼ使わないし、現在形を多用する。彼/彼女は使うが、そこは作風も絡む。『ゴジラ S.P』はかなり黒丸訳っぽいリズムを感じた。ダイアローグ・タグ、台詞に挟まれた地の文の処理の仕方を寄せているように見える。とにかく台詞を「と言う」で受けたり、連用形・テ形の中止で次の台詞に繋げたり、そのへんの手つきが似ている。
- 座談会でもいい。ウォマック作品を紹介・翻訳している倉田タカシ、影響を公言している酉島伝法あたりを交えて黒丸尚以後を存分に語ってもらいたい。
- アンソロジーより先に訳書が軒並み絶版という状況をどうにかすべきではないかとも思う。復刊を希望する3冊を選ぶなら『砂のなかの扉』『カウント・ゼロ』『ふるさと遠く』。