ダリル・グレゴリイ “Dead Horse Point”

Asimov's Science Fiction 2007年8月号に初出。
分量およそ6400語、日本語訳なら文庫30ページ弱くらい。

あらすじ

天才物理学者ジュリアは難問に取り組んでいる間、人格が消え去ったかのようなトランス状態に陥る。差し出されたものを機械的に飲み食いし、なんの反応も見せず何日も問題に没頭して、目覚めた途端に難解な量子力学のアイデアを一気呵成に書きつけるのだ。大学時代にルームメイトとなった縁から彼女を7年支えた元恋人のヴェーニャは23年ぶりに連絡を受け、ジュリアとその弟カイルが待つデッドホースポイント州立公園に向かう。人格不在の時間が長くなって手遅れになる前に、かつて交わした約束を果たすために。

感想

  • SFには宇宙の秘密を解き明かし世界を救う天才がつきものだが、本作はそれを陰ながら支える凡人の自己犠牲、孤独な献身を続ける困難に読者の目を向けさせる。SFというよりは「文学」寄りの短編。変性意識状態、決定論と自由意志、自殺、家族に負う責任といったテーマを他作品と共有している。
  • デッドホースポイント(死に馬岬)という地名は、開拓時代カウボーイによってこの地に狩り立てられた野生の馬の言い伝えに由来する。馬たちは水のない場所に囲われたまま放っておかれて渇死し、あるいはコロラド川を臨む崖から転落死したという。この逸話が登場人物の置かれた状況の素直なメタファーになっている。
  • ホイーラー=ファインマンの吸収体理論を持ち出してファインマン・ダイアグラムがどうのとやっているが、これはジュリアの天才性を示すためのものだろう。一応、知り合って間もないジュリアの面倒を見ると決心した理由をヴェーニャが逆因果律的に解釈していたりもする。終盤の崖道と懐中電灯の描写も意味ありげで何か対応がありそうな感じはする。