ピーター・ワッツ『エコープラクシア』に関するメモ

原文は Head of Zeus 版の Kindle を、翻訳は2017年1月発行の初版を参照した。

前兆

lab benches
長椅子(上巻、p.13)

作業台。

it's a shitty system,
やらないと卒業できないシステムだから(上巻、p.16)

吸血鬼の仕組みについて言っているのかと。大学のことでも面白いけれど。

her jaw locked into startling dislocation,
顎が驚くほど固く閉じられ(上巻、p.17)

loked into からは口が閉じている印象を受けるが、脱臼となると口は開いているように思える。開いたまま閉じられない、ということか。

「柔道を」(上巻、p.18)

直近の質問企画で回答があった。「柔道:敵の質量と慣性を利用する」とのこと。確かにヴァレリーはベースライン、両球派、ポルティアの力をうまく利用している。

原式

sent them off along some best-guess bearing,
考えられる限り最高の機材を積み込み(上巻、p.23)

最も有力な方角へ送り出した。

some Ugandan vendetta theocracy had hacked a transAt shuttle out of Dartmouth,
ウガンダの報復神権政権が大西洋横断シャトルダートマスからハッキングし(上巻、p.25)

ダートマス発の大西洋横断シャトル

electrons jiggling around in microtubules, some kind of quantum-entanglement thing.

この一文が抜けている。と思ったら、なぜか78ページに挿入されている。

while their acolytes took notes, and somehow they ended up rewriting the Amplituhedron.
侍者はそれをどうやってかメモして、量子多面体に記録する(上巻、p.29)

they は侍者ではなく両球派。Amplituhedron は場の量子論における粒子間相互作用の計算を単純化する幾何学的構造体らしい(さっぱりわからない)。両球派の行動は意味不明なのにどういうわけか物理学で扱うモデルを更新してしまう、ということ。

The discarded carcass shivered on its back, as if the gash down its belly had let in the cold.
腹を裂いた死骸が、取り出された内臓がちゃんと入っているかのように身震いした(上巻、p.30)

腹に走る傷口から冷気が入り込んだように。

He was running but he wasn't hiding. As long as he stayed on the valley floor, they'd be able to track him.
追跡するのは簡単だろう(上巻、p.37)

省略。「彼は逃げているが隠れてはいない。谷間に留まっている限り追跡されてしまうだろう」。

He saw himself from high overhead, stumbling across someone else's game board.
ブリュクスは他人のゲーム盤を上から見下ろすように、自分自身を見下ろした(上巻、p.40)

他人のゲーム盤に迷い込んだ自分自身を俯瞰した、か。

For they have sown the wind, and they shall reap the whirlwind.
彼らは風の中で蒔き、竜巻の中で刈り取る(上巻、p.42)

風を撒く者は竜巻を刈り取ることになる。悪事をなせば大きな報いを受けるという意味らしいが、両球派は文字通り竜巻を刈り取って操っている。

eyes glowing with such furious intensity
そこにあまりにも強い怒りが燃えているので(上巻、p.43)

怒っているというより激しく光っているのだろう。

theistic virology
ウイルス神学(上巻、p.45)

有神論的ウイルス学。終盤だと viral theology になっている。どっちでもいいのか。

"Glas-not,"
「グラス・ノット」(上巻、p.46)

なんのことやらわからないが、そのままググるグラスノスチ glasnost が出てくる。

the Caucasian could have passed for Santa Claus at the departmental Christmas party, given the right threads and a pillow stuffed down his front.
白人のほうは服の下に枕を入れていて、学部のクリスマス・パーティに出かける直前のサンタクロースといっても通りそうだ(上巻、p.68)

適切な衣装を着せて腹に枕を詰めればサンタで通りそう、か。髭がすごいのかも。

「まだ不じゅうぶんだ。ぎりぎり直前でヴァン・アレン帯から補給できたとしても」(上巻、pp.68-69)

ヴァン・アレン帯からは反陽子が見つかっている。

"Don't mind Masashi,"
「気にするな、マサシ」(上巻、p.69)

マサシのことは気にしないでほしい。

"It's—stark, you know?"
「だって――簡単だから」(上巻、p.77)

殺風景でしょ、か。

The blow seemed to bring him back a little;
その衝撃で身体が少し後退した(上巻、p.91)

衝撃で症状が少しましになったようだ。

We planned for the things we couldn't plan for...
計画できることはすべて計画してある……(上巻、p.94)

計画できないことを計画した。

its descending arc amputated halfway to the jet stream;
弧を描いて下降する飛行機雲がジェット気流と地上のあいだで消滅し(上巻、p.99)

ジェット気流というのは竜巻のことだろうか。

Its empty skin
ミサイルの外殻(上巻、p.99)

どちらかと言うと飛行船の残骸か。

A tiny, tinny voice
小さな小さな声(上巻、p.100)

tinny と tiny の見間違い。同じ見間違いがこの後もいくつかあった。

寄生

gyland
遊人工島(ガイランド)(上巻、p.104)

還流 gyre と島 island のかばん語。ジャイランドでは響きがいまいちな感じ。

satellites from LEO to geosync
低軌道衛星から地質調査衛星まで(上巻、p.108)

geosync は対地同期軌道。

The little tent inflated instantly, its skin relaxing as the gradient leveled.
小さなテントはたちまちしぼんでしまう。気圧勾配が平準化し、皮膚がたるんだのだ(上巻、p.125)

一旦膨らんでから膜がゆるんだ。

that monster along for the ride, they knew exactly what they were doing.
あの怪物をこの船に乗せたときも、きみは何をしてるかわかってた(上巻、p.136)

きみ=リアンナではなく両球派。

ジッターバグ(上巻、p.143)

軽快なタイプの社交ダンスの一種、

Up and down returned.
上下が反転する(上巻、p.138)

スポークの回転が再開して上下の別が戻ってきた、という感じか。

Systems, Comm, Library.
システムとコマンドとライブラリ(上巻、p.139)

Comm は通信だろうか。

at least thirty solid hours of activity that should have pushed the needle about ten standard deevs above background.
たっぷり三十時間にわたり、評価値は背景放射より十標準単位は上がっていたはずだ(上巻、p.144)

standard deevs は標準偏差と思われる。他の事件に比べてありえないほど珍しいはずだという意味。10σとなるとギャグっぽいが。

the disappearance of her hijacked carousel from its garage would have registered somewhere.
車庫からハイジャックされた回転木馬が、どこかで目撃くらいされているだろうに(上巻、p.144)

飛行船そのものではなく盗難が察知される。

"I'd say you're feeling a bit pissed off."
「――どうもきみは、少し怯えているようだな」(上巻、p.158)

少し腹が立っているみたいだな。

He pulled all those temporoparietal strings that turned dreams lucid.
夢を明晰にしている側頭頭頂部への刺激をすべて排除しようとする(上巻、p.180)

側頭頭頂部の手綱を握って夢を明晰夢に変えようとした。

"Suit yourself,"
「宇宙服を着ろ」(上巻、p.202)

勝手にしろ。

with a pack of zombies and an army aerostat
ゾンビの一隊と軍隊を引き連れて(上巻、p.204)

ゾンビの一隊と軍用飛行船。

サイモン・フレイザー研究所(上巻、p.207)

カナダに同名の大学がある。後でSFUと略されているから大学だろう。

How zoned had these people been, to not be fleeing for the exits?
吸血鬼が自由に出歩けないよう、どれだけの防護措置が取られていると思っている?(上巻、p.215)

出口を求めて逃げ出さないなんて、学生たちはどれだけ酔っぱらっているんだ。

who still had enough animal sense to turn greeny-white under a face loaded with retconned chloroplasts.
相手は過去から蘇った血色の悪い顔を間近に見て、青ざめる程度の動物的本能をまだ残していた(上巻、p.215)

葉緑体を追加されて緑がかった顔が白くなる程度の動物的本能を。

グラスがすべて等間隔に、まっすぐ一列に並び替えられていた(上巻、p.216)

ワッツの掌編 “Repeating the past” では精神医学が用いる手法の精度の低さを次のように表現している。「酔っ払いが床を踏み鳴らし、バーカウンターに載ったグラスを振動で動かそうとするようなものだった」。

And it was obvious to Brüks [...] that they finally knew it.
ブリュクスの目から見れば明らかだった。(中略)今気がついた、と(上巻、p.216)

(諸々の反応から見て)自分は獲物だと学生たちがようやく気づいたのは明白だった、ということかと。

Instant expertise in a million disciplines.
即座に自分のものにできる、百万回の練習の成果(上巻、p.217)

百万もの分野に渡る即席の専門知識、か。

It didn't come anywhere close to biography.
人物を示すようなものはどこにもない(上巻、p.220)

個人の経歴と言えるようなものには程遠い。

but it really takes off when it gets past that old-time placenta in the third tri.
本当に発現したのは昔ながらの胎盤を通じて第三の感染者に移ってからだった(上巻、p.221)

in the third tri は妊娠後期。

"Had it coming you ask me,"
「症状が出たらあたしに言いな」(上巻、p.223)

あたしに言わせりゃ自業自得だ。

metamaterial
メタ素材(上巻、p.229)

そのままメタマテリアルでいいと思う。

Chalk one up for organized religion.
組織宗教より上なんだな(上巻、p.232)

組織宗教に一点追加、という感じだろうか。

The Silences of Pone.
『ポニーの沈黙』(上巻、p.233)

そのままググると出てくる著者のブログで由来が語られている。献辞にあるBUGは妻の愛称の略号らしい。

like dormant grubs waiting out the winter.
冬の訪れを繭の中で眠って待つ地虫のようだ(上巻、p.235)

冬が過ぎ去るのを。

No TPN suppression, no Semmelweis reflex. They're immune to inattentional blindness and hyperbolic discounting,
TPNの抑制も、先入観による思い込みもなく、不注意による見落としや、慣れによる注意力の低下もない。(上巻、p.236)

TPN はおそらく Task-Positive Network の略。センメルヴェイス反射は従来の通説に反する新事実を拒否する傾向。非注意性盲目は「見えないゴリラ」実験が有名。双曲割引は慣れによる注意力の低下ではない。

all the toxins and pesticides
毒や寄生虫など(上巻、p.237)

毒素や農薬。

we're just gonna ignore everybody who quoted Darwin to justify turning people into slaves? Or wiping them out altogether?
わたしたちはダーウィンを引用して他人を奴隷にすることを正当化するくそ差別主義者どもを無視するの? それとも完全に一掃するの?(上巻、p.245)

(to justify) wiping them out altogether の形か。

blind to this impoverished little shell of a world, immersed in some other denied Daniel Brüks.
この小さく不毛な世界に閉じこもり、そこに浸りきって、ブリュクスを拒絶しているのだ(上巻、p.249)

この小さく不毛で閉ざされた世界に目をつぶり、ブリュクスにはアクセスできない別の世界(直接インタフェースのコン・センサス)に浸りきっている。

Weigh a little cabin fever against getting stashed with the luggage for the next six months
あと六カ月、狭い部屋に貨物と同居ってことで、閉所性発熱になりそうだけど(上巻、p.251)

半年間も貨物と一緒に仕舞い込まれるよりは、軽い閉所性発熱の方がいい。

"Is it true?" he asked quietly.
「本当なのか?」ブリュクスが静かに尋ねる(上巻、p.257)

発言者はブリュクスではなくムーア。

"Were they under formal con...,"
「通常の条件なら――」(上巻、p.257)

ゾンビたちとは正式な契約を結んだのか、と言いかけたのだと思う。

ヴァレリーが彼を見て、うなずいた(上巻、p.258)

これは原文にない文章。

she could see everything that mattered about Moore's face, reflected in his own.
彼女はムーアの顔に浮かぶ表情から、重要なことはすべて読み取っていた(上巻、p.258)

ヴァレリーはブリュクスと目を合わせていたが、ムーアの動きはブリュクスの顔(あるいは目の反射)を見ればわかる、ということだろうか。

The Bicamerals are at least as smart and capable as she is. Smarter.
両球派は少なくともヴァレリーと同じ程度には頭が切れて、有能だ。ヴァレリー以上ということはないにしても(上巻、p.262)

頭の切れは勝る、では。

獲物

Then the sparks died, and down with them.
やがて噴射が終わり、それらも見えなくなる(上巻、p.270)

噴射が終わって「下」の感覚も一緒に消えた、か。

And one of the biggest, Brüks did not say, was building you lot.
最大のミスの一つは、あんたみたいなロットを作ったことだ(上巻、p.279)

(吸血鬼なども含めた)あんたらみたいな連中を作ったことだ、という感じか。

That's why you took her on,
だからヴァレリーを引き込んだのか(上巻、p.290)

だからヴァレリーに挑みかかったのか。

ポルティア(上巻、p.298)

ドキュメンタリー動画を聞く限り Portia はポーシャと発音されているが、ポルティアの方が異星的な響き。

first layer determines all the turtles all the way up,
第一層の配置しだいでその上の層の配置が全部決まる(上巻、p.301)

turtles all the way down は無限後退の一例。

Portia iterated before them.
またしてもポルティアだ(上巻、p.305)

ポルティアのデータがふたりの前に繰り返し表示されているのだろう。

we look to your friends and their friends to give us immortality on a chip
きみの友達やその友達みたいにチップを使って不死になろうとしたり(上巻、p.308)

チップ上の不死を与えてくれる友達や友達の友達を当てにする、か。

she'd been on the other side of the world, growing freelance code next to the girl of her dreams.
地球の裏側にいて、フリーランスの遺伝子コードを培養し、自分の夢にいちばん近い少女を作り出そうとしていた(下巻、p.18)

理想の少女の隣でフリーランスとしてコードを書いていた、か。話の流れからするとこのコードは遺伝子でもラクシに関するものでもなく、ゲームのステータス異常関係だろう。ハックされたコードを抱えたまま大学も守ってくれなかったためテロの遺族の標的になったのだと思う。でなければ本当は大学が守るべきだったとはならないのでは。

A great convex solar cell a hundred kilometers across:
直径八百キロの、巨大な凸面をなす太陽電池(下巻、p.28)

百キロ。

panned away from the shrine and floated out of the sanctum;
神殿を離れ、至聖所のほうに漂っていく(下巻、p.35)

神殿から目を離し、至聖所を抜け出す。

a hologram, an offering in the shape of a man.
男の姿のホログラムだった(下巻、p.38)

祭壇に供物を捧げるのは聖書関係か。

Amina
アティンドラ(下巻、p.46)

原因がよくわからない差異。至聖所が封鎖されたとき通路にいたアミナとユーレイリは何かに襲われていたが、ブリュクスの突入時に生きているのはおかしいとまでは言い切れない。著者に直接問い合わせでもしたのだろうか。

to stern
右舷方向(下巻、p.52)

船尾方向。

猛獣

Why are you telling me this? What does it matter, now that you've thrown the world's lifeline into the sun?

軍用ゾンビについて語るシーンでこの文章が抜けている。

"You couldn't look them up?"
「見てこられなかったのか?」(下巻、p.64)

サンプル採取の手順を調べられないのか、と言っているのだと思う。

He remembered downhill conversations, the sound of glasses clinking together.
下方から聞こえた会話と、ガラスが鳴るような音を思い出す(下巻、p.69)

気楽な会話、グラスが触れ合う音を思い出す。

For Moore so loved the world that he gave his only begotten son.
ムーアはそんな世界を愛するあまり、一人息子を捧げた(下巻、p.72)

ヨハネによる福音書3章16節から。

you can't hear a word or smell a fart without your brain rewiring at least a bit that's how brains are everything reprograms you.
脳をちょっと再配線すれば音を聞いても屁のにおいを嗅いでも気がつかなくなる脳ってのはそういうふうに再プログラミングできるんだ(下巻、p.84)

「人間は脳をほんの少しだけ再配線しないと言葉も聞けないし屁も嗅げない、脳はそういうものなんだ、あらゆるものがあんたを再プログラミングするのさ」。「神は全てをお見通しである」では脳を狙った広告をこの理屈で正当化している。

Along one of the batwing struts where the droplet radiator sprouted from the spine. [...] One long arm swept through the near distance,
コウモリの翼上の筋交いに沿った脊柱の上だ。(中略)長い腕が問題の場所の近くを通った(下巻、p.89)

「長い腕」というのは液滴ラジエーターのことだろうか。

ハッチを叩いてたのはリアンナじゃない。意識を取り戻し、懸命に脱出して、焦るあまり別人のスーツを着せられたことに気づかなかったなんてことじゃない。おれたちが焼き殺したのはリアンナじゃなく、ヴァレリーだ(下巻、p.91)

ヴァレリーの大脱出その一。スーツ交換の理由やタイミングを考えると釈然としない。

描写がある以上スーツの交換はあった、つまり焼死を目撃されたのはリアンナだったと考えたい。まず思いつく交換の目的はリアンナをヴァレリーと誤認させることだが、ブリュクスが名札で人物を判別する様子はない。名札がなくても体格や身のこなしで一目瞭然だろうし、イカロスで追いかけてきたのはヴァレリー本人に思える。誤認のタイミングがわからない。そもそもスーツを前もって交換したとなると、ヴァレリーは死んだと見せかける計画を立てたことになる。船内に帰れるよう動けばそれで済む話ではないのか。

ヴァイザーが割れていた人物がリアンナ本人だった場合、ブリュクスに目撃された後で意識を取り戻し、破損したヘルメットを他の誰かのものと交換し、どうにか船殻に飛びつくも焼け死んだ、という流れになる。

追ってきたヴァレリーが実はリアンナだった(ヴァイザーが割れた死体は別人で、ヴァレリーは一足早く船殻に隠れていた)場合、ブリュクスとムーアはリアンナを吸血鬼と誤認し、さらに彼女も吸血鬼のように振る舞い、十字架発作のトリガーさえ引いてみせたことになる。そんなハックができればスーツの交換なんて小細工に出番はないので、いくらなんでもこれはないはず。

どちらにせよ策を弄した上で船殻に隠れた理由はわからない(一応、船外ならポルティアも満足に動けないとは考えられる)。もしかするとスーツの交換は色々と講じたオプションのひとつでしかないのかもしれないし、取り替えざるをえない損傷を負ったのかもしれない。リアンナのスーツを着たヴァレリーが閉め出され、遅れて脱出したリアンナの焼死が誤認されるといった経緯を辿ることはありえる。

ここで発想を変え、ヴァレリーのスーツにラッターロッドの名前が書かれているとどんな効果があるかを考える。名札がヴァレリーのものだと発進時に誰が焼死したのかわからない。ヴァレリーがリアンナのスーツを着ていたからこそ、リアンナを見殺しにした可能性が浮かび上がり、ドラマが生じる。しかしその結果、ヴァレリーの行動は不可解なものになっている。名札を書き換えただけで交換はなかったとも考えられるが、わざわざリアンナの死を教えてくれたなんて話ではないだろう。

ぐだぐだと検討したが、どつぼに嵌まって簡単な解釈を見落としているかもしれない。

"Will you look at that," Moore remarked
「これを見てくれ」とムーアが言った。(下巻、p.92)

発見したのはブリュクスとセングプタであって、ムーアが「見てくれ」と言うのはなんかおかしい気がする。「驚いたな」とムーアは評した、という感じか。

So how did she get out then in the first place huh?
だったらヴァレリーはそもそもどうやって船外に出たんだい?(下巻、p.94)

研究所の外という意味だろう。

"How do you know that I haven't seen that anywhere."
「あたしがそれに気づいてなかったってどうしてわかった?」(下巻、p.97)

どうしてわかるそんな話は聞いたことない、か。

an emergent property
新たに獲得した特質(下巻、p.100)

いわゆる創発

A stealth supernet fine-tuned for the manipulation of pawns with a specific skill set suited to military applications.
軍事利用のための特殊技術を持った兵隊がちょっかいを出すのにちょうどよく微調整された、隠密性のスーパーネット(下巻、p.100)

軍事利用に適した特殊技術を持つポーン(例えばセングプタ)を操るのにちょうどよく微調整された、か。

it doesn't matter if they're talking to you or not it's still them,
自分に話しかけてきてるかなんてどうでもいいし、本当にその人なのかさえどうでもいい(下巻、p.102)

自分に話しかけてきているかはどうでもいい。それでもそれは愛しのあの人なんだから、という感じだろう。

I think the harmonics are off.
調和しないように感じるね(下巻、p.104)

倍音が抜けている、か。

as though he were some degenerate parasitic anglerfish in conjugal fusion with a monstrous mate.
ムーアが釣り人との格闘に疲れた魚のように、怪物じみた相手と融合しようとしているようにも見えた(下巻、p.112)

「メスの巨体に寄生して退化したオスのアンコウのように見えた」。Starfish には実物が登場する。

what have we accomplished other than nearly getting killed a hundred fifty million klicks from home?
どうして故郷から一億五千万キロも離れたところで殺されかけなくちゃならないんだ?(下巻、p.115)

殺されかける以外に何も成し遂げてないじゃないか。

飛散したデブリが〈茨の冠〉の船体に雹のように降り注ぐ(下巻、p.123)

ヴァレリーの大脱出その二。本来ここはデブリでカメラの映像が途切れて一瞬の盲点が生まれるシーンだったのだが、度重なる原稿編集の過程でその描写が抜けてしまったとのこと。映像が切れる直前に身体が動いたような気がする、という言及は少し後にある。

We've traded one derelict for another.
骨董品から別の骨董品に乗り換えたってことか(下巻、p.126)

遺棄船から別の遺棄船に。〈茨の冠〉は中古品だが、骨董品ではないと思う。

Something kicked them hard from behind, threw Brüks forward against the harness and brought the nose down with a slap.
背後から強く蹴られたかのように、ブリュクスは前方に押しやられた。鼻が音を立ててハーネスにぶつかる(下巻、p.128)

ここの鼻は船の機首では。

"How is an elephant like a schizophrenic?" [...] "An elephant never forgets."
「ゾウと統合失調症はどこが似てるんだと思う?(中略)何も忘れないところよ」(下巻、p.139)

「(情報を忘れていくネットワークの呼び名として)統合失調症のゾウならどう。ゾウは忘れない、って言うでしょ」。統合失調症で記憶力は上がらない。

even factoring in your kink for spending so much time in tents.
テントの中で長い時間を過ごすあなたの足跡に隠れてると言ってもいいくらい(下巻、p.140)

テントの中で長い時間を過ごすあなたの奇癖を考慮に入れても。

自分の腰くらいまでしかない少女におまえは家に帰れないと言われ、その頭を食いちぎる(下巻、p.143)

これはリアンナに「砂漠からは出られない」と言われて食ってかかったことだろうか。

Your whole damn life has been one unending act of overcompensation, and you know something, love? It's just as well. Because people need to stand up now and then, and who else is going to?
あなたの人生はいつだって、恐怖を克服するための、過剰な演技ばかりだった。それでどうなったと思う、愛するあなた? 同じことだった。わたしたちにはときどき、立ち上がらなくちゃならないことがある。ほかに誰が立ち上がるの?(下巻、p.143)

「あなたはずっと過補償ばかりの生涯を送ってきた。でもね、むしろそれは良いことだったの。だって人には立ち向かわなくちゃならないときがあるんだから。他の人が立ち向かおうとしなくても」という感じか。

it's wish fulfillment for passenger pigeons
絶滅したリョコウバトの希望の成就なの(下巻、p.145)

リョコウバトのための願望充足。

Her fingers clenched and interlaced and bent backward so far he thought they'd break.
踏まれた指はごりごりと音を立て、絡まって、反対方向に曲がっている。たぶん折れたろうと彼は思った(下巻、p.146)

ブリュクスの指ではない。「セングプタの指が握り締められ、絡み合い、折れそうなほど弓なりになる」。九字でも切っているかのような動き。

silhouetted lips in motion.
まるで刃のシルエットだ(下巻、p.151)

影になった唇が動いた。ヴァレリーはムーアをハックしたのだろう。

the moon pool
円形プール(下巻、p.153)

ムーンプールは海底の掘削や調査をする船の底に開いている穴。そこから機械や作業員が出入りする。

クラーケンやメカジキ(下巻、p.154)

クラーケン、ソードフィッシュという名前の潜水艦が実在する。

預言者

Some kind of capillary action, probably.
何らかの均衡が働いているようだ(下巻、p.160)

毛細管現象

He was seeing things more clearly now, though, no doubt about it.
ただ、今では幻覚がはっきりしてきていた。それは間違いない(下巻、p.166)

see things で幻を見る意味もあるが、ここは色々なものがはっきりと見えるようになってきたという意味だろう。あるいはその両方か。

more than merely intact: pristine, stripped bare,
無傷どころか何もかも剥ぎ取られ(下巻、p.169)

無傷どころか家具も全て持ち出されて新築みたいな状態だったという感じか。

any style of life / is prim / oh stay / my lyre...
どんな形の生命も 整っている おお留まれ わが竪琴……(下巻、p.171)

クリスチャン・ブックの詩そのもので、ワッツの手になるものではない。これに仮託して両球派の計画を語っているのか、錯乱したブリュクスがありもしない繋がりを見出したのか、ヴァレリーが言うように「おまえに向ける詩ではない("Not for you,")」のか。両球派の目的はこの詩を絶版に追い込むことと言えなくもないが、よくわからない。アイデアにめちゃくちゃ刺激されたから登場させてみただけか。

the woman who'd sworn to kill you, a diversion-on-demand tripwired to go off like a flash grenade
おまえを殺すと誓っていながら、本人を見ると閃光手榴弾にやられたみたいにおまえがわからなくなる女(下巻、p.173)

必要とあらば閃光手榴弾みたいに激発して陽動に使われる女、か。質問企画によればローナとの会話でブリュクスがセングプタの仇敵だと知れたのは不幸な偶然によるものであって、ヴァレリーが誘発したわけではないとか。

a sea anemone
ウミウシ(下巻、p.177)

イソギンチャク。

"They never will,"
「決して気づかない」(下巻、p.178)

(構成要素=ニューロンは)自らの意志で動かない。

transfiguration
変形(下巻、p.178)

キリストの変容でも意識しているんだろうか。

燃える藪(下巻、p.180)

出エジプト記から。

slouching toward Bethlehem
ベツレヘムに向かう(下巻、p.181)

イェーツの詩「再臨」から。ワッツはこの詩をしょっちゅう引用している。

もうパンと石の区別はつかなかった(下巻、p.181)

本文にも書かれているように聖書の荒野の誘惑の場面から。

大佐

原文は Tor のサイトに掲載されているものを参照した。

to reshape the thermal profile.
体温の感知を免れる(下巻、p.238)

熱紋の形を変える、だと思う。熱は捕捉されているし、野生動物を装うのなら体温を隠してもしょうがない。

The usual fines and warnings racked up by the young before they learn to embrace the panopticon.
全面的な社会監視の対象年齢になる前に、すでに罰金や警告を何度も受けていた(下巻、p.248)

監視社会を受け容れることを学ぶ前に、か。たぶん思春期によくある反抗なのだろう。

the Bicamerals own half the patent office.
両球派は全世界の特許の半分を押さえている(下巻、p.249)

特許局の半分を。

still fearful of some Second Coming.
今も何かがあらわれるのを恐れている(下巻、p.253)

再臨=得体のしれない精神との融合を恐れている。

I will never be that reckless—" Again. Even after all this time, the qualifier still kicks him in the gut.
わたしはそこまで無頓着には――」まただ。これだけの時間を隔てながら、まだ息子のことを引きずっている(下巻、p.261)

「わたしはそこまで無頓着になりたくない、もう二度と」という感じか。「もう二度と」が堪えると。巨人の例えでホタルやシリのことを連想したのだろう。

"Right now," Lutterodt says, "it wants to help you." "Right."
「今はあなたを助けたいと思っているわ」「そうだな」(下巻、p.261)

どちらかと言うと「助けたいだと」と疑っているような場面か。

They have compassion.
共感しているのよ(下巻、p.265)

compassion は共感の中でも同情や憐れみに近い。

He has to take most of the analyses on faith;
分析が正しいと信じるには、信仰心が必要なほどだった(下巻、p.266)

分析の大部分は鵜呑みにするほかなかった。

The resulting text is simple and unadorned.

訳し漏れ。

keeps him in Limbo
夫を宙ぶらりんにしたまま(下巻、p.267)

夫を辺獄に置いたまま。

用語集

エクアドルで両球派による施設襲撃事件発生(「大佐」)

施設を襲撃したのは別の集合精神。両球派は非暴力主義だし運動が苦手。

余談

  • セングプタは句読点を挟んで話すことも多い。肺活量が異常なわけではない。
  • 軍用ゾンビやゾンビウイルスのような意識をオフにするテクノロジーがシリの誕生前から台頭しているのなら、前作クルーの驚きは小さくなるような気がする。