ピーター・ワッツ『ブラインドサイト』に関するメモ

原文は著者サイトで公開されているものを、翻訳は2013年10月発行の初版を参照した。

最終更新日:2021年12月11日(下巻、p.145について追加)

プロローグ

"Only half. For the ep—" "I know for the epilepsy!
「半分だけだ――」「知ってるよ!(上巻、pp.15-16)

てんかんの治療のため。

〈テーセウス〉

nerve blocks of any kind compromise metabolic reactivation.
代謝の再活性化に妥協はあり得ない(上巻、p.20)

神経ブロックは代謝の再活性化を損なう。

they would never have risked our lives if we hadn't been essential.
おれたちが命を危険にさらすのは、他の連中では務まらないからだ(上巻、p.22)

船員が必要不可欠でなかったら命を危険にさらしはしない。クルーの人身御供・機械の代わり的な立場を考えると少し精鋭感が強い表現に思えたのでこう書いたのだが、さすがに言いがかりっぽい気がしてきた。

Susan James was curled into a loose fetal ball, murmuring to herselves.
スーザン・ジェームズが胎児のように丸くなり、独り言をつぶやいていた(上巻、p.22)

多重人格なので herselves。

the old slur was freshly relevant: the Undead really did all look the same, if you didn't know how to look.
古い格言がそのまま当てはまっていた。〝見分け方を知らないと、アンデッドはどれも同じに見える〟のだ。(上巻、p.23)

自分とは違う人種は見分けがつかない、という類の中傷的発言のことか。

I could see James' personae shatter and coalesce in the flutter of an eyelash.
ジェームズの外見は崩壊していたが、片方の睫毛の動きで見分けがついた(上巻、p.23)

複数の人格が崩れてはまとまるのがわかった。

Getting the ship to build some dirt to lie on.
船に寝床でも作らせているんだろう(上巻、p.24)

吸血鬼だから土(dirt)なのだと思う。

Penn tanks
タンク(上巻、p.25)

それらしき候補はペニングトラップくらいしか見つけられなかった。反物質を保管できるイオントラップ装置。

the thrust of every antiproton weighed against the drag of sieving it from the void.
反陽子を最後の一個まで使い切り、虚無に吞まれるのをかろうじて回避した(上巻、p.25)

反陽子による推進はそれを虚空から濾し取る手間と秤にかけられた、か。

テレマター推進の仕組みがわからない。イカロスから送信される量子情報を基に調達した水素を反陽子に変えられるようだが、量子もつれが必要ないならテレポーテーションは関係なさそうな気もする。

Then a flip;
そして、ぱっ!(上巻、p.25)

反転(減速のため船尾を進行方向に向ける)か。

a few trillion synapses
数百万のシナプス(上巻、p.28)

数兆。

in nonchalant defiance of a previous generation's safety codes.
一世代前の安全基準のように無頓着に(上巻、p.28)

一世代前の安全基準を平然と無視して。

Into the drum (drums, technically; the BioMed hoop at the back spun on its own bearings).
ドラムの中に入る(ドラムとは後部がベアリングで開くようになった生体医療ポッドのことだ)(上巻、p.31)

著者サイトでテーセウスの構造図を見るとわかりやすい。厳密に言えばドラム部分はふたつのドラムから構成される。後部ドラムはメインドラムと回転を同調させているが、治療や実験の必要に応じて独自に回転する。

later this day the body would be packed into storage facilities crowded far too efficiently for flesh and blood visitors.
肉体はその日のうちに保管施設に積み上げられる。これが意識のある肉体だったら、そんなふうに扱うことはできない(上巻、p.36)

昇天者の肉体は高効率で詰め込まれているため家族がお見舞いに行くことはできない。

"It would be so nice to finally meet her after all this time."
「いろいろあったけど、また会えたら嬉しいわ」(上巻、p.38)

finally とあるからヘレンとチェルシーは顔を合わせたことがないのかも。

Fidelity in an aerosol.
エアロゾル中毒のようなものだ(上巻、p.40)

ヴァソプレシン吸引による貞節感情の惹起。

I bore witness to lurid speculations and talking heads.
おれも恐ろしい推測や噂をいっしょになって流した(上巻、p.44)

恐ろしい推測やニュース解説を目にした、か。

It was as though the presence of this new outgroup had forced me back into the clade whether I liked it or not;
新たな外部集団の存在により、おれ自身が手術前に押し戻されてしまったかのようだった(上巻、p.44)

outgroup と clade は系統学用語。動物行動学者のように社会を外部から観察する立場にいたところエイリアンの登場で構図が狂ってしまった、でいいのか。

Yet I couldn't, for my life, figure out how to let it go.
それでもおれには、それをどう修正すればいいのかわからなかった(上巻、p.44)

よくわからない。世界との距離感を気にせずにはいられなかったということか。

木製(上巻、p.46)

木星の誤字。

this is the bearing at which signal strength was greatest.
この姿勢がもっとも信号が強くなります(上巻、p.47)

(バーンズ・コールフィールドからの)信号強度が最大になる方向。

shiny new post-scarcity economy
欠乏を克服した輝かしい新経済体制(上巻、p.49)

ポスト希少性経済。

like daisy petals
デイジー・チェーン配列(上巻、p.50)

ウィンドウをデイジーの花びらのように並べた。

the O'Neills
オニール宇宙ステーション(上巻、p.52)

物理学者ジェラード・K・オニールが提唱した円筒型のスペースコロニー

unfocused and irrelevant to the barely-intelligent creatures left behind.
取り残された前時代のコンピューターにとっては、焦点のぼけた、見当はずれの存在だったのだ(上巻、p.61)

ここの the barely-intelligent creatures は人類だろう。

Atoms, scavenged from where we are, join with ions beamed from where we were:
原子は現場で捕捉し、その場で発生させたイオンと融合させて(上巻、p.65)

イオンは地球からビームで送られているってことじゃないだろうか。

The whole drum was furnished in Early Concave,
ドラム全体は浅い凹面状で(上巻、p.68)

凹面時代初期の内装、かな。宇宙時代の建築様式か。

she could turn on the proverbial dime.
そこからわずかずつ燃料を補給できる(上巻、p.70)

急な方向転換も可能だった。

Ladar
レーダー(上巻、p.74)

ライダー。

ever since the roster had been announced our watches had blocked calls from anyone not explicitly contact-listed. I'd forgotten that Pag had been.
通話許可者リストに記載されていない人物からの電話をブロックしたとソフトウェアに言われて、パグを登録していなかったことをはじめて思い出したくらいだ(上巻、p.76)

乗船名簿が公表されてから監視役(あるいはスマートウォッチ)が連絡先にない通話をブロックしていて、パグの音信も途絶えていたもんだから登録していないものと思っていた(実際は登録していたので電話が通じた)ということだと思う。

Mexican-hat arrays
ソンブレロ配列(上巻、p.79)

メキシカンハット型。神経の信号処理のモデルか何かの関係らしいが、よくわからない。網膜とか一次視覚野とか、そのへんの話をしているっぽい。

"That tap lucidum of theirs, that shine. Scary."
「あの独特の輝きは、実に恐ろしいよ」(上巻、p.79)

解剖用語。タペタム(tapetum lucidum)は犬や猫の目に備わる反射板のような組織。

why pay to tweak your compatibility with some significant other, when significant others themselves were so out of fashion?
自分の神経系を社会の重鎮に似せることに、金を払うやつなんているのか? 社会の重鎮そのものが流行遅れだというのに(p.83)

恋人そのものが流行遅れなのに、恋人との相性を調整するために金を払う人がいるのか。

Good dope here.
一服いかが?(上巻、p.86)

後の記述からすると dope はドーパミン

Some kind of viral epilepsy, right?
ウイルス性だったんでしょう?(上巻、p.88)

てんかん

saw a rogue halo element from Canis Major—a dismembered remnant of some long-lost galaxy that had drifted into ours and ended up as road kill, uncounted billions of years ago.
おおいぬ座から迷い出た光のエレメントを捉えた――太古に別の銀河を離れ、数十億年前にこの銀河系に漂流してきた残存物だ(上巻、p.92)

おおいぬ座矮小銀河。銀河系に取り込まれて崩壊しかけているから轢死体。

"Meteorites," Bates said dryly.
「隕石だ」ベイツがそっけなく言う(上巻、p.96)

あれのどこが隕石だよとスピンデルを皮肉っている。

the music of the spheres
磁気圏が奏でる音楽(上巻、p.99)

天球の音楽。

"Do these skimmers build Fireflies? Burns-Caulfield?"
「ホタルを作るのはスキマーか? バーンズ=コールフィールドか?」(上巻、p.101)

ホタルを作るのはどちらかではなく、スキマーにはホタルもバーンズも作れそうにないと言っているのだと思う。

Tit-for-tat's the best strategy.
最良の戦略は交互のやり取りだ(上巻、p.103)

しっぺ返し戦略。

And if the best toys do end up in the hands of those who've never forgotten that life itself is an act of war against intelligent opponents, what does that say about a race whose machines travel between the stars?
生きることは知性を持った敵との戦いだということを忘れていない者たちが、最終的に最高の武器を手にしたとしたら、宇宙を渡ってマシンを送ってきた相手のことをどう思うだろうか?(上巻、pp.107-108)

知性ある敵と戦い続けた者が最高の技術を手にするとしたら、恒星間航行技術を持った種族については何が言えるか(激しい好戦性を持っているはずだ)ということかと。

we'll have the Church of Game Theory to thank for it,
ゲーム理論教会が感謝してくれるんでしょうね(上巻、p.109)

教会に感謝することになるんでしょうね。

the Gang was more up to speed on such things.
四人組に対してはスピード重視だ(上巻、p.111)

四人組は(チェルシーより)ゲーム理論に通じている。

glorious dreamy flight along a single degree of freedom.
夢のようにすばらしい滑空は、船内で得られるわずかな自由だ(上巻、p.112)

一直線に進むしかないので自由度1。

antilibs
アンチリブ(上巻、p.113)

リビドーの抑制だろうか。

You wanna pull your eyes over my wool?
騙されてたほうがよかった?(上巻、p.114)

pull the wool over someone's eyes で「人を騙す」ことを意味するらしいが、ここでは目と羊毛がひっくり返っていて所有格も別々。よくわからない。

The Glass Ceiling is conscience.
ガラスの天井は意識そのものだ(上巻、p.123)

ここは続く内容的に良心か。

Across the drum Szpindel yelped as if scalded; in the galley, cracking a bulb of hot coffee, I nearly was.
ドラムの反対側でスピンデルが火傷をしたような声を上げた。調理場で熱いコーヒーの球形容器が割れたらしい。おれも危うくその場にいるところだった(上巻、p.124)

調理場でコーヒーの容器を割ってしまったおれは、危うく本当に火傷するところだった。

Freeze-frame showed a beam of light frozen solid, a segment snapped from its midsection and jiggled just a hair out of alignment. A segment nine kilometers long. "It's cloaked," Sascha said, impressed. "Not very well." [...] "Pretty obvious refractory artefact."
静止画像で見ると、一条のビームがはっきりと映っていた。スキマーの中央部分がわずかに剥がれ、分離している。長さにして九キロほどのかけらだ。「殻をまとっているんだわ!」サーシャが感動したように叫んだ。「まずいな」(中略)「明らかに耐熱性の人工物だ」(上巻、p.126)

中央部分が折れてわずかに曲がった長さ九キロメートルの光の線分。サーシャは何かが姿を隠していると言っている。続くベイツの発言の artefact は画像の歪みだろう。光の屈折だとすれば光線の記述と合致する。おそらく refractory は refractive の間違い。

「隠れていると言ってもさほど上手くない。光の屈折が丸見えだ。なぜ今まで見えなかった」「背景光(スキマーの航跡)がなかったから」「雲も歪んでいるんだからもっと早く気づけたはず」「他のプローブは歪みを捉えていない」という流れ。

Those nine klicks of displaced contrail had merely grazed the perimeter, cut across an arc of forty or fifty degrees.
分離した九キロの破片がそのそばを、四十度から五十度の角度でかすめた(上巻、p.128)

屈折した部分は九キロもあったが、それすら一部を切り取ったものに過ぎなかった。

116°Az -23°dec rel.
一一六度AZ‐二三度DEC・REL(上巻、p.130)

座標系の表記ということしかわからない。方位角 azimuth と赤緯 declination かもしれないが、それぞれ異なる座標系の用語っぽい。

lump of gray matter
灰色の塊(上巻、p.131)

灰白質

Still keeping it concrete.
四人組は落ち着いている(上巻、p.131)

返答は依然として具体的で誤解の余地がない。

I-CAN
アイキャン(上巻、p.136)

イオン圧縮反物質核推進 Ion Compressed Antimatter Nuclear drive 。

and don't have the reserves to go anywhere else afterwards.
それらが出発してしまったら、予備の船はない(上巻、p.138)

カイパーベルトに到着してから別のところへ旅を続けられるだけの燃料がない。

And it mixes up its pronouns.
似た名詞を言い間違えることもある(p.141)

代名詞を混同する。

chose the add-ons.
共感能力を付加することを〝選んだ〟のだから(上巻、p.145)

アドオンは吸血鬼のソシオパス性を指しているような気がする。

Vampires came with theirs built in:
吸血鬼はすべてそのように条件づけられていた(上巻、p.145)

自前の安全装置(十字架恐怖症)を内蔵していた。

a faint sliver of shadow
かすかな銀色の影(上巻、p.148)

silver との見間違い。

スピンデルが片目でちらりとわたしを見て言った(上巻、p.150)

シリの一人称がおれではなくわたしになっている。

It was a strange attractor in the interstellar gulf; the paths along which the rocks fell was precisely and utterly chaotic. [...] "Hey, chaotic trajectories are just as deterministic as any other kind."
恒星間の深淵で起きているにしては、吸収される物質の軌道が奇妙だった。決定的にカオス的なのだ。(中略)「なあ、カオス軌道だって、他のあらゆる軌道と同じく、完全に計算できるんだぜ」(上巻、p.151)

決定論的を「完全に計算できる」とするのはまずい。「決定的に」もまぎらわしい。

"Hey, if the Jew fits..."
「ちょっと、ユダヤ人を持ち出すなら……」(上巻、p.152)

たぶん if the shoe fits (思い当たる節があれば自分のことと思え)の変形。言わんとしていることはさっぱりわからない。ユダヤ系のスピンデルならピンと来たでしょとでも言っているんだろうか。

"Takes too much on faith,"
「信頼を重視しすぎだわ」(上巻、p.154)

ロールシャッハはテーセウス側の返答を鵜呑みにしている。

It's a fallacy really, it's an argument that supposedly puts the lie to Turing tests.
チューリング・テストを騙すための欺瞞、思考実験として考えられたものだ(上巻、p.159)
"But—the argument's not really a fallacy then, is it? It's spot-on: you really don't understand Cantonese or German."
「でも――それは騙したことにはならないわ。筋の通るやり取りができても、あなたが広東語やドイツ語を理解していることにはならない」(上巻、p.160)

ニュアンスが微妙に変わっている。中国語の部屋チューリング・テストの妥当性に疑義を投げかけたもの。

"So he's carrying on a conversation," Chelsea said. "In Chinese, I assume, or they would have called it the Spanish Inquisition."
「それが会話になっているわけね。中国語でってことなんでしょう。スペイン語の異端審問でもいいけど」(上巻、p.159)

あるいは思考実験がスペイン異端審問と呼ばれていたかもね、か。

because I'm more of a conduit than a conversant.
ただの導管というより、通訳だから(上巻、p.160)

むしろただの導管だから。

"Quite the magnetic field," Szpindel remarked.
「磁場を安定させろ」とスピンデル(上巻、p.163)

凄い磁場。quiet との見間違えか。

no refractory composites,
部分の映像(上巻、p.169)

指向性の隠れ蓑によって生じた光の屈折から推定した形のこと。

"Isaac, there's no reason for—I mean, it just doesn't make sense that it would be. We can't have anything it wants."
アイザック、あれにそんな理性は――つまり、そんなことを考える意識はないのよ。わたしたちにあれの望みを叶えることはできない」(上巻、p.173)

相手には敵意を持つ理由がないし、筋が通らない。

Vampire doesn't respect his command.
吸血鬼は命令を尊重しない(上巻、p.187)

自分が率いる部隊を尊重しない、か。

vampires were far from the first to learn the virtues of energy conservation.
吸血鬼はエネルギーの節約に関しては達人だ(上巻、p.187)

省エネの美徳を学んだのは吸血鬼が最初ではない。

The beams stuttered as they cut, despite six millimeters of doped shielding.
厚さ六ミリのシールドを、レーザーはふらつきながらも貫通していった(上巻、p.190)

「厚さ6ミリの遮蔽材を施しているにも関わらず、ビームは乱れた」。照射が断続的ということだろうか。

The basic substrate appeared to be a dense pastry of carbon-fiber leaves.
材質はねっとりしたペースト状のカーボンファイバーで、それが木の葉のように層をなしていた(上巻、p.192)

スピンデルが「悪魔のミルフィーユ城(The Devil's Baklava)」と形容しているのを考えると、ぎっしり詰まったペストリー状の層という感じか。後で内臓みたいに動く描写もされているからねっとりでいいのか。わからない。

ロールシャッハ

but maybe it was really a blessing in disguise.
でも、それは自分を騙してたのかもしれない(上巻、p.196)

父親の不在は不幸のようで実は幸いだったと言いたい。

forensics
弁論術(上巻、p.197)

科学捜査、フォレンジクス。

she hated him because he hadn't had the good grace to grow unnecessary?
母が父を憎んでいたのは、その必要もないのに大人になるという気配りをしなかったから?(上巻、p.198)

(働かなくてもいい時代に)潔く無用者になろうとしなかったから。

"Maybe against direct EM."
「たぶん電磁波を直接浴びたんだ」(上巻、p.200)

直接的な電磁波に対しては(遮蔽が機能していたのかもしれない)。

Course, Earth also gets a lot of help from its magnetic field,
地球自体、磁場に大いに助けられている点は同じだからな(上巻、p.204)

地球は磁場にも大いに助けられている(が、ロールシャッハみたいな環境で電磁波を頼りにする気にはなれない)。

"I don't see why not. We're each at least as sentient as you are."
「どうして? わたしたちはそれぞれが、あなたと同じ科学者よ」(上巻、p.207)

scientist との見間違い。

created other people to suck up all the abuse and torture
虐待や拷問で別人格を作り出し(上巻、p.213)

虐待や拷問を代わりに受けさせるため。

"Transient Attitudinal Tweak. I've still got privileges at Sax."
「一時的態度微調整」(上巻、p.226

ふたつ目の文は訳されていない。サックスが何を指すのかわからない。会話の流れ的に引退したけど神経をいじる資格ならまだ持っている、と言っているのだろうか。オリヴァー・サックスを示唆しているのかも。

someone who's barely home three months of the year
三カ月も家に帰ってこなかった誰かさん(上巻、p.230)

1年のうち3カ月しか家にいない、か。

it was Michelle who gave him a quick disconsolate squeeze
憂鬱げにスピンデルを睨んだのはミシェルで(上巻、p.247)

抱き締めた。

"Call it a quality-control test. Keep the ship on its toes."
「ポッドがやるのは品質管理だ。船をつねに即応状態にしておくためのな」(上巻、p.247)

自分で確かめるのは品質管理と言っているのだと思う。船が気を抜いていないか確認するため。

Maybe you just got a delicate constitution.
デリケートな処置が必要だったのかもしれない(上巻、p.248)

デリケートな体質だったのかもしれない。

you've got a whole hemisphere of prosthetics up there
きみは脳半球を丸ごと切除して、残りを配線しなおしている(上巻、p.250)

きみは脳半球に機器が詰まっている。

I'm more of a safety precaution....
あれは安全上の予防措置以上のものだったようだ……(上巻、p.253)

ベイツの発言「安全上の配慮だと思ってくれ」(上巻、p.180)を思い起こしている。

"Down in Rorschach, I'd have to say all the links are pretty weak."
ロールシャッハにいたとき、リンクがとても弱くなっていた」(上巻、p.253)

ロールシャッハの中ではどんなリンクも脆弱と言わざるを得ない。

Mission Control didn't know shit about Rorschach. They thought they were sending us some place where drones could do all the heavy lifting.
ミッション・コンロトールはロールシャッハなど知ったことではない。力仕事は全部ドローンに任せればいいと思っている(上巻、p.253)

時制が気になる。上層部はロールシャッハなんてものが待ち構えていることを知らなかったし、どこへ向かうにせよ作業はドローン任せで充分と思っていた。一方で「安全上の予防措置」としてベイツを送り込んでもいる。

So our defenses get compromised for political appearances
つまりこちらの防御は政治的妥協の産物になる(上巻、p.253)

防御は政治的体裁のために損なわれる。

"If you're going to be surrounded by a swarm of killer robots, maybe—"
「殺人ロボットの群れに取り囲まれることになるのだとしたら、あるいは――」(上巻、p.254)

そうは言っても完全自律型の殺人ロボットに囲まれるのも嫌だろ、と。

her throat veined with the faint mesh of a sub-q antennae.
喉には薄いメッシュ状のサブ量子アンテナを巻いている(上巻、p.257)

sub-q は subcutaneous の略か。皮下に埋植した機器が浮き上がっている。

Together they guarded against an opposition that had not yet shown its face. It hardly had to.
兵士たちはまだ顔も見せない敵に向かって防衛線を築いた。ほとんど必要なかったのだが(上巻、p.264)

敵は顔を見せるまでもなかった。

my own confounding presence
おれという混乱要因(上巻、p.266)

統計用語の交絡か。

Szpindel had rattled off dementias like raindrops.
スピンデルは雨粒を払いのけるように狂気を払いのけていた(上巻、p.267)

雨を降らすようにすらすらと認知障害の症状を暗唱してみせた。

imagined the magnetic fields that must have acted in their stead
四人組の代わりに居座っていたはずの磁場を想像した(上巻、p.268)

脳梗塞の)代わりに磁場が作用したはずだ。

Gauges in the head, Szpindel had called them.
頭の中の物差し、とスピンデルは呼んでいた(上巻、p.269)

p.252ではメーターと訳されている。

"Never say die, do you?"
「死ねなんて言わないでしょうね?」(上巻、p.271)

弱音を吐かないで。

the silvery leaded skin
銀張りの人工皮膚(上巻、p.275)

ファラデー・スーツのこと。

He looked past me and took the body.
彼の視線はおれを素通りし、四人組の上で止まった(下巻、p.10)

遺体を受け取った。

Even the tremors that afflicted the rest of his body were muted, soothed by the nicotine he drew with every second breath.
肉体はしばしば震えに襲われていたが、それでも二回に一回の呼吸で吸入するニコチンで、ずいぶん抑えているらしい(下巻、pp.10-11)

ひっきりなしに吸うニコチンで抑制して顔以外に走る震えすら黙らせていた、か。

BioMed had been spun down for my arrival.
おれが到着すると生体医療ポッドが開いた(下巻、p.11)

生体医療ドラムの回転が減速した。

the form-constants
幻覚(下巻、p.11)

ハインリヒ・クリューヴァーが発見した幾何学的な幻覚のパターン。基本形は格子、蜘蛛の巣、トンネル、螺旋の四つ。スパイラルとか配列とか言っているのはこれだろう。

"There's someone home."
「何か連れてきてしまったようだ」(下巻、p.17)

ロールシャッハには何かが住んでいる。

Cunningham lost most of his gender pronouns to an unforeseen glitch during the work on his temporal lobe.
カニンガムは側頭葉で作業をしながら話し、性別を示す代名詞を使わない(下巻、p.17)

側頭葉に手を加えた際に負った不慮の障害のため、性別を示す代名詞を失った。

Trunclade
トランキレード(下巻、p.25)

truncate と clade のかばん語らしい。意味は引用されている架空の歌詞からわかるようなわからないような。

First-person sex [...] was an acquired taste:
一人称セックス(中略)は後天的な嗜好だ(下巻、p.25)

だんだん好きになる味。慣れると楽しい。

You actually think I'm trying to, to housebreak you?
本気でわたしがあなたに、いわば〝押し込み強盗〟を働こうとしたと思ってるの?(下巻、p.28)

housebreak はペットにトイレのしつけをすること。

"You're just doing what comes naturally."
「自分でも気づかないうちにね」(下巻、p.29)

「きみは自然なことをしているだけだ」。性交の婉曲表現らしい。

to have admitted anything would have compromised her righteous anger.
どんなことであれ、認めさえすれば彼女の当然の怒りを鎮められただろう(下巻、p.30)

少しでも認めてしまえば怒りの正当性が損なわれてしまうから、か。

Our destination resolved to merely human eyes:
たかが人間の目には目的地がぼやけてきた(下巻、p.36)

人間の目にも見えてきた、だと思う。

It was a comfort, that leash. It was short.
ファイバーでつながっているのは安心だったが、長さが足りなかった(下巻、p.37)

リードが短いから奥まで行かなくていい=安心。

teleops
カメラ(下巻、p.43)

遠隔手術具。

One of the surviving grunts grabbed the carcass and jumped ship as soon as we passed beneath the carapace, completing the delivery as we docked.
おれたちは外殻の下を通過して船内に入った。生き残りの兵士の一体が異星人の死体をつかみ、船に飛び移った(下巻、p.43)

兵士は船殻が近づくとすぐに飛び移り、ドッキングする頃には配達を終えていた。

There's not much left inside the membranes. Not many membranes left, for that matter.
細胞膜の内部にほとんど何も残っていなかったんだ(下巻、p.44)

膜自体もそれほど残っていなかった。

"Still old-school," Pag said. "Still into foreplay," I observed. "That obvious, huh?" [...] "That'll teach me to try the subtle approach with a professional jargonaut."
「相変わらずだな」バグが言った。「おまえこそ相変わらずだ」「お見通しか」( 中略)「プロのジャーゴン屋の前では、当たり障りのないところから始めろってことさ」(下巻、pp.52-53)

「(チェルシーは)古風なままか」「今なお前戯に夢中だよ」「(チェルシーの話をしに来たのは)お見通しか。ジャーゴン屋にさりげないアプローチを仕掛けるもんじゃないな」という感じか。自信がない。

"I can see why she'd say that,"
「どうしてそんなことを言ったのかわからないな」(下巻、p.59)

ここは単純に逆。

Even though you have a rod up your ass the size of the Rio Spire.
おまえがケツから世界最大のビルみたいにでっかい旗竿を立てていても(下巻、p.61)

have a stick up one's ass で堅苦しく打ち解けない態度を表す。リオの尖塔はよくわからないが、リオ・デ・ジャネイロキリスト像だろうか。

"Set it up!" she yelled back at Sascha
「確保しろ!」とサーシャに声をかけながら(下巻、p.64)

罠を設置しろ。

the odds of a coin toss.
コイントスのときのハンディキャップ(下巻、p.65)

odds にはハンディキャップの意味もあるようだが、ここには合わない気がする。要するに狙われる確率が二分の一になった。

The scrambler seemed to have thrown off whatever cobwebs our entrance had spun;
獲物のスクランブラーは兵士たちが突入時に投げた投網をすべてむしり取ったようだった(下巻、p.65)

こちらの入場で生じた混乱を振り払ったようだった。

It got out anyway.
兵士がどうにか体勢を立てなおす(下巻、p.67)

(食いしばって抑えた悲鳴が)結局漏れた。

"The bloodsucker called it." He hadn't called everything.
「あの吸血鬼野郎」すべてがサラスティのせいというわけではなかった(下巻、p.70)

「吸血鬼の予測通りね」全てを予測していたわけではない。

Your dissent has changed nothing. So you rein it in;
だが、周囲の連中の意見は変わらない。だからあんたはみずから手綱を執ることにした(下巻、p.73)

異議を唱えたところで何も変わらなかった。だからあんたは(余計なことを言わないよう)自制することにした。

Theseus' orbit had widened during my absence, and most of its eccentricities had been planed away.
〈テーセウス〉はおれがいないあいだに周回軌道の離心率を拡大し、ほぼ機動を終えていた(下巻、p.74)

「〈テーセウス〉の軌道が広がり、常軌を逸した感じはほぼ消えていた」。ロールシャッハに接近する危険な軌道ではなくなった、ということだと思う。

Almost as if they were running transects.
まるで解剖するように(下巻、p.78)

トランセクト調査のように、か。

He stood at his post in BioMed,
カニンガムは自分の生体医療ポッドの中に立っていた(下巻、p.80)

ポッドでは棺のようでまぎらわしい。生体医療ドラムの持ち場に立っている。

"Yit-barah v'yish-tabah v'yit-pa-ar v'yit-romam..."

ユダヤ教の祈りであるカディシュの一節。神の栄光を賛美している。

but even through those topological cataracts
滝が流れ落ちるようなトポロジーは(下巻、p.81)

この場合 cataracts は白内障だと思う。トポロジー的な白内障越しに見ると。

"I didn't know you knew him," I said. It certainly wasn't policy.
「知り合いだったとは知らなかった」もちろんこれは本当だ(下巻、p.82)

交代要員との交流は推奨しない方針。

and once you've laid the groundwork
そのあと基礎工事が始まったら(下巻、p.83)

いったん基礎を築いたら。

Two-thousand-fold boost
二千層のブーストだ(下巻、p.83)

2000倍。

We're all self-made.
同意の上だ(下巻、p.87)

(感覚の拡張は)自ら選んだことだ。

it's not so much that you don't mean any of it.
あなたのどんな言葉も、心からのものじゃないっていう気がするのよ(下巻、p.95)

あなたの言葉が心からのものじゃないってわけじゃなくて(むしろ言葉の意味がわかっていないんじゃないか)。

they trip the off switch,
両方が停止スイッチを押したならば(下巻、p.101)

スイッチを押すのは情報の受け手だけ。

or that she objected to slave names on principle.
独自の命名に原則として反対しているというわけでもない(下巻、p.102)

信条から奴隷名に反対しているわけでもない。

methane-breathing medusae
メタン呼吸するメドゥーサ(下巻、p.102)

medusae はたぶんクラゲ(先頭大文字とか複数形とかが気になったのだが、別の箇所に minotaurs 表記があったので、やっぱりメドゥーサでいいか)。成長して柱から分離するのもストロビラっぽい。

in the right, an identical icon nested among others had never lit.
右側ではいくつもあるマークのうち、黄色い四角形だけが暗くなった(下巻、p.102)

黄色い四角形は点灯していなかった。

much less tell them I'm...sorry...
ましてや話をするなんて……ごめんなさい……(下巻、p.107)

ましてやごめんなさいと伝えるなんて、か。

"You still don't vote," Sarasti said.
「きみたちはまだ投票していない」サラスティが言った(下巻、p.111)

投票はしないと言っていたのに。誰がどんな票を投じたのかも書かれていない。今回も投票はしないってことか、あるいは中立のシリが投票しなかったのかも。

an alternative to capture-release
捕獲/解放の代替案(下巻、p.112)

捕獲か解放かではなく捕虜解放の代替案だと思う。

Covert to invulnerable. As far as we knew that hadn't happened yet.
無敵の力を秘めているのだ。おれたちが見てきた限り、ごく一部しか破壊できたためしがない(下巻、p122.)

from covert to invulnerable は上巻で「成長して無敵になる」と訳されている。隠れている状態から無敵になりつつあるのかもしれないが、今のところそうなってはいない。

extended phenotype
拡張された手足(下巻、p.124)

延長された表現型。

Cunningham didn't like to be played. No one does. But most people don't think that's what I'm doing.
カニンガムは操られるのが嫌いだ。だから誰もそんなことはしないが、みんなはおれがしていると思っていた(下巻、p.124)

操られるのが好きな人なんていない。とはいえ(カニンガムと違って)大抵の人はシリがすることを操りとは考えない。

When they speak aloud, it's because they want to confide;
声に出して何か言うのは、隠したいことがあるからだ(下巻、p.124)

声に出すのは打ち明けたいからだ。

forced to stumble and feel its way around things it had once inhabited, right down in the bone.
かつてその中に宿っていたものの周囲をつまずきながら手探りし、最深部にたどり着かなくてはならない(下巻、p.126)

かつて骨の中(奥深く)にまで宿っていたもの、か。

I didn't think about it much at the time.
だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった(下巻、p.127)

そのときはちゃんと考えなかった。

the cipher off our starboard bow.
船首右舷に浮かぶラボ(下巻、p.129)

the cipher はロールシャッハか。ラボも同じ方向に浮かんでいるだろうけれど。

he'd be doing it twice daily for the next year
これから二年間、毎日唱えるそうだ(下巻、p.130)

「これから1年間毎日2回唱える」。遺族が死者のために死後11カ月にわたって続ける哀悼のカディシュ。

It looked a little like Rorschach itself.
それ自体がロールシャッハ・テストのようにも思える(下巻、p.131)

スクランブラーの解剖図は)ロールシャッハそのものに少し似ている。

"Oh, Sarasti knows. Why do you think he wouldn't let them go?"

続く会話で性別のある人代名詞を使わないはずのカニンガムがサラスティに対して he を使っている。質問企画で指摘されたワッツは初めて指摘されたとしか答えていない。翻訳には反映されていないが、カニンガムの一人称が一部おれになっているところがある(使い分けているだけか)。

a labyrinth full of mind-reading minotaurs
心を読む怪物でいっぱいの迷宮(下巻、p.135)

テーセウスとの関連でミノタウロス

as a node in a distributed network,
割り当てられたネットワークの結節点として(下巻、p.137)

一個の分散型ネットワークのノードとして。

sneakernet
妨害されない通信手段(下巻、p.137)

スニーカーネット。コンピュータ間でデータを受け渡す際、ネットワークを経由せずに外部記録媒体を使うこと。

"Which also explains your shielding problems. Partly, at least."
「きみのシールドの問題も、少なくとも一部はそれで説明がつく」(下巻、p.138)

きみ=直前に発言したスーザンではなく、きみたちのって感じだと思う。

Sarasti sucked at it.
サラスティがその雰囲気を吸い込んだ(下巻、p.141)

(心理学を実践したようだが)下手だった。

a single-point retroviral.
レトロウイルスを一ヵ所いじっただけ(下巻、p.145)

レトロウイルスによるピンポイントの変異(点突然変異)。

By then they were starving her at the cellular level, trying to slow the bug by depriving it of metabolites,
そのころには細胞レベルで飢餓が進行し、ウイルスから代謝産物を奪って勢いを鈍化させる機構が働きはじめたが(下巻、p.146)

この they は病院かも。身体の反応ではなく処置か。

Modest casualties expected. Names of victims withheld pending notification of kin.
かなりの犠牲者が予想され、その氏名を知らされたのは近親者だけだった(下巻、p.146)

犠牲者は多くはないと予想され、近親者への通知が済むまで氏名の公表は差し控えられていた。

Theseus was stockpiling ordnance.
テーセウスは命令を貯め込んでいた(下巻、p.152)

兵器を備蓄しつつあった。ordinance との見間違えか。

Maybe that's what sentience would be for— if scientific breakthroughs didn't spring fully-formed from the subconscious mind, manifest themselves in dreams, as full-blown insights after a deep night's sleep.
意識はそのためにあるのかもしれない――科学のブレイクスルーは、完成形で無意識から出てくることはないにせよ、ぐっすり眠れば満開の洞察として夢にあらわれる(下巻、p.160)

もし科学のブレイクスルーが潜在意識から完全な形で生じず、夢にも出ず、熟睡後に満開の理解となって現れることもなければの話だが。

I can't rotate or transform I can't even talk
おれはもう逃げることも話すこともできず(下巻、p.165)

回転や変換といった統合者の技術が使えなくなった。

unusually talkative.
話が聞こえてくることの多い場面だ(下巻、p.171)

珍しく口数が多かった。

"Or they were, before we stopped everything in its tracks."
「われわれも、すべてを止めてしまうまではそうだったのかもしれない」(下巻、p.173)

チンパンジーは意識を持たない方向に進んでいたが、人類はその歩みを止めてしまったということか。

Zombies. Automatons. Fucking sentience.
ゾンビ。オートマトン。感情の欠落(下巻、p.176)

この Fucking は強調だと思う。

zombie agents
ゾンビ因子(下巻、p.176)

参考文献にもある通り、クリストフ・コッホが考案したゾンビ・エージェント。無意識的な行動の制御モジュール。

コルモゴロフ複雑性(下巻、p.176)

ある文字列を生成する最小のアルゴリズムのサイズ。データの圧縮限界。意識をアルゴリズム的に記述できるかということだろうか。

神の火花としての意識(下巻、p.176)

人間には神の一部が宿っているとするグノーシス主義の思想。

Penrose heard it in the singing of caged electrons.
ペンローズは格子状の電子だという(下巻、p.177)

籠(微小管)の中の電子の歌声、か。

Dawkins, Keogh, the occasional writer of hackwork fiction who barely achieved obscurity
ドーキンスや、くだらないフィクションばかり書いているキオのような無名作家(下巻、p.177)

キオは本文で架空の文章が引用されているケイト・キオ。無名と有名の境界にいて型通りのフィクションをたまに書く作家はワッツのことだろう。自虐ネタ。

sparking chemistry
しゃべる化学反応(下巻、p.178)

speaking との見間違えか。

長いことをおれを(下巻、p.182)

衍字。

"He really got to you, didn't he?"
「やられる側の気持ちがわかったろう」(下巻、p.182)

またカニンガムが he を使っている。「随分とやつにやられたようだな」という感じか。

His dead face showed nothing.

訳し漏れ。

And maybe I am just some kind of imposter but most people would swear I'd worn their very souls. I don't need that shit,
おれは確かに一種のペテン師かもしれない。たいていの相手はおれのことを、いっしょにいると気疲れすると言うはずだ。知ったことじゃない(下巻、p.183)

「それでも大抵の人は I'd worn their very souls と言うはずだ。(感情移入なんか)必要ない」。but で続けているから、ペテンでも上手くいっている的なニュアンスの気もするが、よくわからない。but は強調か。

You don't lie to yourself?
自分に嘘をつくってことがないのか?(下巻、p.185)

「自分に嘘をついてないなんて言って、自分が何を知っているのかも知らない」というニュアンスか。

"You were talking around me all along, weren't you? All of you. You didn't bring me in until I'd been—" [...] "—preconditioned.
「ずっとおれを避けていただろう? きみたち全員で。のけ者にすることでおれ自身に――」(中略)「――〝条件づけ〟をほどこそうとした(下巻、p.188)

いわゆる条件付けとはちょっと違う気がする。「遠まわしにおれに言及して議論に参加させなかった、おれが調整を受けるまで」。

You've been hashing this out for days and you went out of your way to cover it up. How did I miss it? How did I miss it?
何日も隠しつづけて、そのあとその事実を隠蔽しようとした。気づかないと思ったのか? そんなはずがないだろう(下巻、p.188)

何日も議論を続け、わざわざそれを隠した。どうしておれは見逃したのか。

"Why should he? He doesn't have to convince the rest of us of anything. We have to follow his orders regardless." "So do I," I reminded her. "He's not trying to convince you, Siri."
「そんな必要がある? こっちは納得してなくたって、命令されれば従うしかないのよ」「それはおれだって同じだ」「あなたを説得しようとしたわけじゃないわ、シリ」(下巻、p.191)

サラスティは(あなた以外の)乗員を納得させる必要はない。命令には従うしかないから」「おれも同じだ」「彼が納得させようとしているのはあなたじゃない(地球だ)」

past hatches and crawlspaces, fleeing the surface for any refuge with more than a hand's-breadth between skin and sky.
ハッチを潜って外殻の下に這い込む。体表と宇宙空間の間には手の幅ほどの厚さの外殻しかない(下巻、p.198)

crawlspaces は床下というより狭い場所くらいの意味か。肌と宇宙との間に手の幅しかないのは観測ドームのことだと思う。それ以上の厚みがある保護を求めて避難した。

barring some temporary pulse effects
電磁パルス効果は甲殻が遮断したので(下巻、p.207)

一時的な電磁パルス効果を除けば。

all those agonized faces followed him with their eyes.
苦悶する顔もすべていっしょについてくる(下巻、p.217)

苦悶する顔が一斉にサラスティを目で追った。

"Can't afford to let the truth trickle through. Can't give you the chance to shore up your rationales and your defenses. They must fall completely. You must be inundated. Shattered. Genocide's impossible to deny when you're buried up to your neck in dismembered bodies."
「あの時点で真実を出し惜しみする余裕はなく、きみの正当化や保身を補強するチャンスも皆無。そういうものは放棄させるしかない。きみはあふれて砕けることが必要。肉体の破片に首まで埋まっていれば、ジェノサイドを否定することはできない」(下巻、pp.218-219)

自分の見解を他人の見解だと思い込むほどの否認の達人、プロの導管であるシリに真実をしたたらせるように伝えても、正当化や抗弁のチャンスを与えるだけ。確信を抱かせるには真実を一気に氾濫させて導管そのものを壊すしかない。痛みに意識が集中して何もできなくなる状態をその身で味わえば、サラスティの見解を否定することはできない。

"You played me," I whispered. "All this time." I'd known something was going on. I just hadn't understood what.(翻訳版底本)
He'd played me. All this time. Preconditioning me, turning my topology inside-out. I'd known something was going on. I just hadn't understood what.(公開版)

ウェブ公開版の変更点。台詞が地の文になり、「調整を施し、おれのトポロジーを裏返した」の一文が追加された。

behemoths
巨獣(下巻、p.222)

本文中には〈リフターズ〉三部作のタイトルが紛れている。

三つのスキナー(下巻、p.222)

誤字。

Bates broke in from up front.
ベイツが船首側上方から姿を見せた(下巻、p.223)

船首の方から通信してきた。

an EM-enhanced equatorial quadrant only a few thousand klicks on a side.
電磁的に拡張された赤道部の四分円が、わずか数千キロのところに見えていた(下巻、p.223)

電磁波を強調した一辺わずか数千キロの赤道部。

"DTI?" Bates said. "Optical only."
「回線は?」とベイツ。「光学ポートのみ」(下巻、p.224)

Data Transmission Interface だろうか。わからない。

"Optical line of sight."
「射線をさえぎるな」(下巻、p.231)

光学通信の経路、か。

the robot bounced down the spine, suddenly, mysteriously inert. [...] "Who do you think shut it down, Keeton? The fucker went rogue. I could barely even get it to self-destruct."
ロボットがいきなり、驚くほどぎくしゃくと、脊髄に沿って近づいてきた。(中略)「誰がシャットダウンしたと思っているんだ、キートン? あいつは自制を失った。かろうじて自己破壊に持ち込むことができたんだ」(下巻、p.231)

ロボットが命令を聞かなくなったので強制終了した。いきなり動きが鈍くなったのはそのため。

〈カリュブディス〉

Mostly, though, it leaves me alone with my thoughts and the machinery ticking away where my left hemisphere used to be. So I talk to myself, dictate history and opinion from real hemisphere to synthetic one:
だがたいていの時間は一人で放っておいてくれ、おれはもの思いにふけり、かつて自分の脳の左半球がやっていたことを機械に代用させた。おれは自分に語りかけた。本物の半球から合成された半球に、歴史と意見を講義した(下巻、p.241)

かつて左半球があった場所で作動する機械=人工の半球、か。機器用のスペースはたっぷりあるのだろう。

参考文献

It doesn't so much see the world as make an educated guess about it.
世界を理知的に考察できるほどの情報は見えていない(下巻、p.256)

世界を見るのではなく、経験に基づいて推測している。

occured to me while reading about something called inattentional blindness.
非注意による盲目と呼ばれる(下巻、p.256)

非注意による盲目という現象について読んでいるときに思いついた。

Roddennoid
ロッデンベリー的な(下巻、p.262)

スタートレックの生みの親ジーン・ロッデンベリー。

and the same basic processes will end up shaping life wherever it evolves.
基本プロセスが同じなら、どこで進化しようと結果はだいたい同じ形態に落ち着く(下巻、p.262)

どこで進化しようと同じ基本プロセス(自然選択)が生命を形作ることになるだろう。

You can take the marine biologist out of the ocean, but...
だったら海洋生物学者を連れていけばよさそうだが、しかし……(下巻、p.262)

海洋生物学者(ワッツ)を海から連れ出すことは可能だ。可能だが(結局のところ海洋生物のモチーフに拘っている)。

why such an illusory first-person narrator would be an emergent property of certain cognitive systems
なぜ仮想的な一人称の語り手が、特定の認知システムにおいて突出した存在となるのか(下巻、p.266)

なぜ錯覚めいた一人称の語り手が特定の認知システムの創発特性として生じるのか。