グレッグ・イーガン “Sleep and the Soul”

Asimov's Science Fiction 2021年9-10月号に初出。
分量およそ20000語、日本語訳なら文庫100ページくらい。

あらすじ

1
鉄道建設工事中、作業員のジェシーは発破で飛んできた石に頭を打たれ、昏倒する。

2
マサチューセッツ州ヘーバリルのホース・メドウ墓地に早まって埋葬されたジェシー、どうにか棺から脱出する。

3
ジェシーは実家で両親、婚約者フェリシアと再会する。眠りは死と等しく、眠った者には魂がないとされていた。父親はジェシーを悪魔と見なし拒絶する。ジェシーはニューヨークで新生活を始めることを決め、フェリシアと後で落ち合う約束をする。

4
ニューヨークでフェリシアと暮らすジェシー。ある日、具合の悪い子どもを見ていてほしいと友人のサラから頼まれたが、その子どもが眠ってしまい、ジェシーは慌てて医者を呼んだ。やってきた医師のハーロウは眠る子どもを前に騒ぐこともなく的確な処置をしてくれた。ジェシーはハーロウから睡眠を問題視しない文化も多いこと、キリスト教圏において眠りが唾棄されているのはキリストの受難の逸話が影響していること、異教徒との間に一線を引く方便にすぎないといった話を聞く。

5
興行師バーナムが事故や埋葬からの脱出といった経緯を興行にしないかと持ちかけてきたが、ジェシーはそれを断る。

6
バーナムは新聞でジェシーの素性を暴露した。ジェシーは鉄道会社から解雇され、さらにはアパートに暴徒が押しかけてきた。サラやその友人の助けを借りてジェシーはアパートから抜け出す。追われるジェシーの元に医師ハーロウが馬車で駆けつける。

7
ハーロウに紹介された宿に泊まるジェシー。そこでカナダへの亡命を図るジョシュアと出会う。

8
宿にやってきたハーロウはジェシーに睡眠差別廃止のために遊説をしてはどうかと提案してきた。懐疑的だったジェシーだが、ハーロウとフェリシアに背中を押されて運動を始めることにする。

9
小さな教会で講演をするジェシー。歯医者のモートンは発明した麻酔を人間に使うことをためらっていたが、ジェシーの講演を聞いて決心がついたという。モートンはハーロウに麻酔の影響下にある自分の手のいぼを切除してほしいと依頼する。

10
ハーロウはモートンの手術を滞りなく終えた。モートンジェシーの講演に同行することになった。

11
ニューベッドフォードのウィリアムズ夫人が虫歯を抜くために麻酔をかけてほしいと志願してきた。講演のさなか否定派が騒ぎを起こす一幕もあったが、モートンの抜歯手術を受けた夫人は麻酔から目覚め、自らの来歴を詳しく語って眠る前と変わらぬ自分であることを示し、聴衆の拍手に迎えられた。

12
麻酔が受け容れられ、手術への応用が模索されていく一方で、ヴァージニア州をはじめ薬物による意識の喪失を死と認める法が成立する州も出てきていた。そんな折、講演の警備を担当していたアンダーソンという男が、モートンから麻酔薬を分けてもらう仲介をジェシーに頼んできた。プランテーションの農場主を昏睡させて法的に殺し、家族を奴隷の身から解放したいのだという。用途を正直に話して麻酔を分けてもらえるかは怪しかったため、ジェシーは薬の原料である硫酸エーテルを入手し、それだけで効果があるものか、自分で試してみることにする。

13
目覚めたジェシーはアンダーソンの計画を手伝うと決め、フェリシアに手紙を書く。

感想

  • フィニアス・ゲージを思わせる鉄道工事中の事故から始まる本作は、人間が眠ることが非常に稀で、意識が途切れなく続くのが当たり前な世界を舞台としている。また興行師P・T・バーナム、麻酔の父ウィリアム・モートンなど、逃亡奴隷法が成立した1850年前後に実在した人物が登場する歴史改変ものでもある。
  • 「ひとりっ子」で歴史改変ものを揶揄していたので、こういう形で来たのは意外だった。人と獣を分かつのは睡眠の有無である、という大胆な改変を導入しているのに作中の19世紀が現実と変わらないので、むしろ歴史無改変ものと言えるかもしれない。奴隷解放運動や麻酔の普及などテーマとちょうど噛み合う時期を見つけてくるのには感心した。
  • 素朴に考えれば技術の発展は早まりそうではある。眠らなくていいから1.5倍時間が使えると考えるのは単純すぎるが、作中では仕事のシフトが連続している程度の描写しかない。
  • 眠りが稀ならば意識の連続は人格の連続、ひいては魂の存在と同一視されるという作中の論点は大して面白くなかった。大幅な生理改変の波及効果が探求されているわけではないので、普通の歴史小説を読んでいるような感じがした。迫害に遭い支援を得て運動へ乗り出す話自体は手堅く作られていて楽しめはするが、ちょっと型通りすぎる。
  • 土の載った窮屈な棺から脱出するための手順が、生き埋めにされた経験があるのかってくらい幾何学的に詳しく描写されているところがいかにも著者らしくて笑えた。