瀬名秀明「クレアあるいは現代のパンデモス」

2021年3月『A&F COUNTRY 総合カタログ 2021』に初出。
分量およそ17000字。

感想

  • 〈シムノンを読む〉の告知で知った。Kindle のサンプルで全文が読める。他には「ポロック生命体」前日譚の中編「鼓動」も2021年1月からPDFが無料公開されている。
  • 新型コロナウイルスパンデミックを題材に、どんな危機もころりと忘れてしまうという人類の宿痾をストレートに突きつける。ただ、忘れっぽさや飽き性、行き過ぎた義憤と自己愛、道徳部族としての人間といったテーマ自体は、ずっと以前から著者が関心を向けてきた問題でもある。しかし今回は従来の作品であればいくらかなりと希望が込められていた想像力や思いやりといった良い意味での人間らしさが孤独と不安に押しつぶされていて、人は未来を想像できないばかりか過去に学ぶこともできないという、手厳しい人間像が示されている。
  • 瀬名作品では誰かが懸命に発した声が時に黙殺される一方で、なかったことにされた誰かの行く末を見届け、語り継いで何がしかを残そうと登場人物が決意する姿もよく描かれる(『100分de名著 アーサー・C・クラーク スペシャル』でもカレランがジャン・ロドリクスの「最後を見届け」る『幼年期の終わり』の結末を見事だと評していた)。本作はモチーフであるメアリー・シェリーの作品同様に記録文学の体裁を取っているが、紹介者の「わたし」が記録者の「私」を見届けることの意味合いは、これまでと変わってひやりと冷たいものになっている。
  • 伝聞や手記のような枠物語については、「入れ子構造は心理学上の「心の理論」問題に関わるため、現代では読者側のエンパシー能力が高くないとかえって理解・咀嚼しにくい」との見解を述べている
  • 冒頭に「彼らの間には娘ができ、メアリーにとって四歳下のジェーンはすなわち義妹となった」との記述があるが、検索したところジェーンは後妻の連れ子でメアリーとの年齢差は1歳だった。