リッチ・ラーソン “How Quini the Squid Misplaced His Klobučar”

2020年1月 Tor.com に初出。
分量およそ11500語、日本語訳なら文庫60ページくらい。

あらすじ

自らの自殺をも作品として配信した遺伝子アートの巨匠クロブチャール。〈烏賊〉と呼ばれる犯罪王キニの手中にある彼女の作品を盗もうと計画を練るハッカーの目的は金ではなく、復讐にあった。

感想

  • マクガフィンが登場し、計画を立て、実行に移して、ひと悶着あって、というサイバーパンクな復讐譚。
  • シンプルな話で、ガジェットを羅列する方が雰囲気は掴めるだろう。当事者間にしか解読できないオリジナル言語を即興で生成するバベルウェア、舌に仕込んだ毒針バイオモッド、通信遮断ファラデーギア、移民のボートが集積して海上街になったシップタウン、インプラントをしていない素体の人間フライシュガイスト、ヴァーチャル空間での盗みの予行演習、現実との区別がつかなくなるヴァーチャル酔い、頭が電ノコの警備ロボット犬。
  • 生体認証スキャナを騙して通るために何もインプラントしていない素のままの人間を必要とする、という設定は珍しいかも。身長、体重、歩容、掌紋、指紋、キニのインプラント信号の成りすましは事前準備とハッキングでなんとかできるが、スキャンされる当人の中枢神経系にまで入り込んだインプラントを止めたりごまかしたりのは難しいため、というのが理由。どこまで欺瞞できるかの線引きがやや釈然としないが。
  • 登場人物の背景描写は薄く、語り手やキニがどうなろうとハラハラしないし胸がすきもしない読み心地だった。多少のツイストはあるが効果は微妙。
  • 若くして(ショートショート含め)100を超える短編を発表していながら賞の候補になっていないのも、数作読んでみてなんとなく察せられるところがある。よくできていて気楽に読み進められはするが、文章や思考に棘がなく引っかかるものがない。小綺麗にまとまっていて退屈なのだ。もっと読者を挑発する要素があってもいい。