アクセル・ハッセン・タイアリ “The Thrum of the Locust”

2017年9月 Abyss & Apex に初出。
分量およそ5900語、日本語訳なら文庫30ページくらい。

あらすじ

16環から30環の男子は聖なる卵を呑み込み、〈女王〉の仔を身ごもるキャリアとなる。そうして孵化した仔らを祝祭の日に大海原へと送り出す慣わしだった。ついに一度も仔を身ごもることができずに30環を迎えた狩人の男は、最後のチャンスを前に焦っていた。祝祭が迫るなか、仔を孕んだ肉屋の息子ミンデルから依頼されたのは、多産の縁起物である猛獣ウルダブの牙の入手だった。しかし狩りに同行したミンデルはウルダブの毒霧に倒れてしまう。宿主の瀕死を察してか仔らがうごめく腹へと、狩人はナイフを差し伸べる。

感想

  • 繁殖を手伝い〈女王〉の統べるハイヴと共生する生物の一員である語り手が、周囲から期待される役割を果たせず苦悩する異星生物譚。
  • 〈女王〉に窮乏を救ってもらった先祖が報恩として卵を受け容れ、巣の拡大に寄与するようになったのが伝統の始まりで、共生関係は穏当で対等なもの。しかしながら仔を産めない男の肩身が狭いところは否めず、語り手も母親の視線を意識せずにはいられない。
  • 語り手の姿の記述は少ない。人型で想像した。仔は題名から昆虫系なのかと思ったが、海に送り出すので海亀っぽいイメージに。動植物の語彙は地球のものと変わらない。一方で毒を吐く巨獣というウルダブだけ造形が妙にゲーム的でちょっと面白い。
  • ミンデルから奪った3匹のうち、祝祭の日まで生き残ったのは発育不良の1匹だけだった。その仔は脚が細く、他の仔らと違って上手く泳げない。ここに至って、卵の闇取引に手を出してまでキャリアになろうと腐心してきた狩人は、仔や自分が求められている本性は文化によって背負わされたものであることを悟る。祝祭に沸く群衆に背を向け、狩人は仔を連れて街を出る。
  • 男性が共生相手の繁殖に携わる話というとバトラー「血をわけた子供」が思い浮かぶが、本作は語り手種族が抱卵を担わなくともハイヴ側にはなんの問題もない点で異なる。
  • 生活や思考が人類からかけ離れているというほどではないため、語り手の息苦しさにも気持ちを重ねやすい反面、異質な生態にふれた感触は薄かった。