パオロ・バチガルピ “A Full Life”

MIT Technology Review 2019年5-6月号に初出。
分量およそ4000語、日本語訳なら文庫20ページくらい。

あらすじ

災害で生活が崩壊しては引っ越す、15歳になるルーの人生はその繰り返しだった。コロラドでは森林火災で帯水層が干上がり、両親は農業を諦めざるをえなかった。引っ越した先でも災難は続く。オースティンでは摂氏40度を超える夏の真夜中に停電が起きた。マイアミではハリケーンによる風で家が壊れ、杜撰な基準で作られた防潮堤は機能せず街が水没し、熱病で父が死んだ。ニューヨークに移ると住宅被災過多に端を発する金融危機で経済が破綻した。最終的にルーは母と離れてボストンで暮らすことになる。ルーには想像もつかない満ち足りた人生を送った、享楽的な祖母のもとで。

感想

  • 気候変動によって激化した災害に見舞われて各地を転々とする一家の苦難を娘の視点で描いている。自然災害による社会制度の瓦解を総覧する警鐘的な短編。
  • 祖母の世代がたかが観光のために世界を飛び回って炭素をばら撒いたせいで今の壊れた世界はある。ルーはそう考えて祖母を憎むようになる。
  • 惨状ばかりではなく苦境に対処する未来のボストンの描写も見られる。「エールワイフから遠く沿岸まで車は禁じられた。狭まった幹線道路を走るのは電動トラムとたまの緊急車両だけ。残った街路は電動自転車道と菜園に転用された。夏はつる植物が歩道に陰を落とし、冬は屋内スカイウェイがビルとビルを繋ぐ。ガソリンはどこにも一滴たりと落ちない」。
  • ただし街は難民にあふれている。虫害で枯れて燃えやすくなったカナダの森林から灰が漂ってくるため喘息が流行し、吸入器やマスクが手放せない。授業は使い捨てタブレットで見る無料の動画コンテンツ任せで、ルーたち移住者はいじめの対象にされてしまう。
  • 世代間の対立という形で環境問題をストレートに突きつけているが、若干陳腐に傾いている感もある。現代人のカリカチュア的な祖母の造形が少し安っぽい。フライトシェイムという問題意識こそ旬だが、独自の検討が加えられるわけでもない。
  • 諦めるものは諦めて適応するボストンを掘り下げてくれたら面白いかもしれない。破滅する世界の回覧で終わってはつまらない。