オキシタケヒコ『筺底のエルピス 6』

2019年1月刊行。感想と作中年代の推定。

感想

  • 「捨環戦で優秀な人材を量産すればいいのでは」という誰でも思いつく考えに対しては抜かりなく一本角の設定があった。今回も「依代を不死化してしまえばいいのでは」「門部の管轄狭すぎないか」などの素朴な疑問に答えをくれる。単なる突っ込み防止に留まらず、各設定が緻密に関連している。
  • 正常に適合している依代は不死化しないのかと思ったが、不老不死は恐怖と不信を招くとある。そもそも問答無用で寄生できるから必要ないのだろう。
  • これまでゲートが回収されることなく1万年後に接続できていたのはなぜか。単に「終わり」の宣言がなされずプロスペクタも待機し続けた歴史なのか。定期連絡くらいあってもよさそうだが。
  • 端末はゲートを通過できないあたり鬼に憑依される心配はないっぽい。
  • プロスペクタの目的が白鬼の採掘だとすると、わざわざ恒星間を旅する理由はなんだろう。1巻で白鬼が既に分類されていたのと理屈は同じで、白鬼の存在が既知ならば発見された星系で採掘すればいい。
  • 人間の認識能力だと時空操作の機能は限定されるが単純な静止時空なら使える、ということは時を止めるのはほんの序の口なのか。
  • 往路は気長に移動するとしても帰還用のゲートは曳航していそう。超光速以前にそれぞれの口をそんなに遠く引き離せるかどうか今のところ不明だが。時間の遅れでワームホールの両端に時間差が生じてタイムトラベルする理屈なら、亜光速でなくともズレは避けられなさそう。
  • 宇宙に電波などの知的活動の徴候が見られないのは星が丸ごと停時フィールドで封じられているから、というのはどうだろう。文明の棺桶=柩、とか。こじつけるなら1巻の煙が上がらない火葬のイメージ。とはいえプロスペクタを派遣した存在はそんなその場しのぎの保護策を取りそうにない。
  • 停時フィールドのような極限のテクノロジーに到達するまで進歩するのは難しそう。それこそフェルミパラドックスには「宇宙進出の前に自滅するから」という解釈がある。敵と認識しているからには異星知性体も鬼に苦しめられているはずだが。
  • 間白田はポストヒューマン計画の被検体だろうか。TOSHもなんたらヒューマンの略なのかもしれない。
  • 「言ってあげたった」(p.421)は気の抜ける脱字。

作中年代

作中年代は2021年以降と思われる。

  • 1969年時点で阿黍は15~16歳(護法魔王尊は永遠の16歳)、1巻時点で67歳(第2版では老齢とだけ書いてある)。
  • 4巻によれば京都が本部だったのは42年前まで。
  • 5巻によれば阿黍が封伐員名簿に現れたのは40数年前。
  • 6巻で阿黍が戸籍を得たのは目覚めてから8年後の1977年、本部移転はその数年後。
  • 40年以上前の冷戦中にシェルター建設、冷戦終結で不要になったシェルターを貰い受けて30年ほど前に移転、という1巻の記述は10年ほどずれている気がする(第2版ではそれぞれ半世紀近く前、昭和の後期と改められている)。
  • 2巻のペルセウス座流星群は盆休み初日、月齢が好適で極大期が午前4時。これは2021年8月13日の条件と一致する。

20日の猶予を告げるトランプの発見が流星群と同じ8月13日、キャンプ時点の猶予が16日、白鬼発生は平日でキャンプの45日前(ただし正惟が45日前と指示したのは日の出まで200分の2時ごろ、日付を跨いでいる)。猶予の開始時点が12日か13日かよくわからないが、ともかく白鬼発生は7月1日または2日、キャンプは8月15日または16日。8月いっぱいの猶予であること、終戦記念日であることを考えると7月1日と8月15日か。叶の家族写真は悪夢のちょうど2年前の日曜日に撮ったもので、目覚めたその日が白鬼の発生日。2019年6月30日は日曜日なので合致する。

6巻は春休みに入っていること、口絵の月齢からすると2022年3月21日前後か。

明示こそしないが特定の手がかりを充分に配置しているのは何か理由があるのだろうか。