ピーター・ワッツ “The Freeze-Frame Revolution”

2018年6月刊行。「島」に始まる連作 “Sunflower cycle” の一編。
分量およそ41000語、日本語訳なら文庫205ページくらい。

あらすじ

開通直後のゲートから現れたエイリアンの攻撃を辛くも躱しきった〈エリオフォラ〉。襲撃時に目覚めていたリアン・ウェイはあまりの恐怖に心乱れ、終わりのない任務に耐えられなくなってしまう。リアンは船を統括する人工知能〈チンプ〉から主導権を取り戻そうと破壊工作を画策しはじめる。一方、サンデー・アゥズムンディンはまだチンプを信頼しており、リアンの野望を絵空事と見なしていた。しかしチンプがクルーの一部を廃棄していたことが明らかになるとその信頼も崩れ去り、サンデーは反乱を決意する。数百年に一度の覚醒、張り巡らされた監視網、チンプとの大脳皮質リンク――実行どころか構想も難しい状況下で静かに進行する革命の行方は。

用語

  • グレムリン Gremlin
    時折ゲートから現れる種々のエイリアン。人類の末裔なのかどうかも不明。

  • イースター島 Easter Island
    六方晶ダイヤモンド製のデータ・アーカイヴ。チンプのハードウェアや機材のバックアップを作製するための各種設計図が記録されている。所在地は船員に明かされておらず、たびたび移転する。

  • 傾いだ林間地 Leaning Glade
    船内の生存環境を維持する〈森〉の一画。船中心部のブラックホールとヒッグス導管との位置関係から「下」が複数方向を向いており、平衡感覚が狂う。

  • ヒッグス導管 Higgs Conduit
    ブラックホールの質量を船の進行方向にずらすワームホールの通り道。

  • ホーキングの環 Hawking Hoop
    超光速移動を可能にする非相対論的ワームホール

  • 子宮 Uterus
    数百条のガンマ線レーザーを一点に照射してブラックホールを生成する施設。通常のゲート建設時は使用されず、星間ハイウェイのハブを建造する際に稼働する。

  • 仮足 Pseudopod
    形状自在の椅子のようなもの。

  • ゴキブリ Roach
    船内移動用車両。

  • BUD (Brain-Up Display)
    脳への直接インタフェース機器。

  • 胞子 'Spore
    ゲート建造船の乗員。散布体(diaspore)の略か。

  • 部族 Tribe
    30000人からなるクルーは600の小集団に分けられている。基本的に同じ部族のクルーとシフトを共にするが、たまに別の部族との異文化交流的シフトが組まれることもある。

感想

かつて〈エリオフォラ〉で起こった反乱をサンデーの視点で描く著者初のノヴェラ。時系列は “Hotshot” と “Giants” の間で、出航から6600万年が経過している。

「島」では船員が蜂起し鎮圧されたこと、それがミッション・コントロールの想定内だったことが背景として語られていた。そもそも〈エリオフォラ〉の中で反乱を起こすのは至難の業だ。人間の覚醒は数百、数千年に一度で、一度に解凍されるのはせいぜい数人。船内全域が監視下にあり、チンプと船員はブレイン=マシン・インタフェースで直接的なやりとりさえしている。陰謀をほのめかしたりインタフェースを頻繁に切ったりすれば怪しまれ、冷凍睡眠用の棺に収まったが最後、二度と解凍されないかもしれない。

というわけで反徒たちはチンプに悟られることなく計画を練るための場所と交信手段から確立してゆく。監視網の死角を割り出し、映像に欺瞞信号を流し込み、楽譜や壁画に符牒を忍ばせ、棋譜TRPGのプレイログでメッセージを綴る。そうして長い時を隔てた会話が交わされ、少しずつ何万年もの時間をかけてチンプをハックする準備が進められる。

本作には30名ほどのクルーが登場する。ほとんどは名前だけ記されるか反乱軍の一員程度の扱いで、主にサンデーとチンプの関係性が掘り下げられている。先行作 “Giants” の語り手を担った「裏切者」が誰なのか推測するのは描写の密度差からして難しくない(そこは重要ではなく、むしろシリーズ既読者にとっては一種の陽動になっている)。

人間レベルの人工知能は創意を発揮して任務から逸脱しかねないので、チンプはあえて人工痴愚として設計された。誕生当初こそ目覚ましかった知能の発達は計画通り頭打ちになる。その成長をずっと見守ってきたサンデーはチンプを哀れに思い、クルーの廃棄が明らかになってもそれは計画立案者たちの思惑が反映されているだけでチンプに責任はないと考える。任務のためにデザインされたのはサンデーら胞子も同じことで、軛からの解放を求める戦いはお馴染みのモチーフと言える。

新たに船内の施設が描かれたり、何億年にも及ぶミッションの恒常性を保つ仕組みが示されたりと面白いことは面白いが、不満はある。長さに比して起伏に欠けるところがあり、本格的な反乱が始まる章までに全体の六割を費やしている。暗号による会話、チンプの演算ノード配置を突き止めるレイテンシ・ハックといった具体的な作戦内容は少々地味で、結末のひねりも驚きより順当な納得感が勝る(見抜けたわけではないのでこれは負け惜しみ)。あくまで前日譚であり、シリーズの転換は次回に譲られているように思う。


設定から時間スケールが大きいが、単位を勘違いしているらしき箇所がある。

I'd only been down for six terasecs. Not even a thousand years.

冷凍睡眠期間についての記述。1テラ秒はおよそ31700年なので数桁ずれている。単位の話で言うと秒に相当するコーセク(corsec)がなんの略かも未だによくわからない。補正をかけているってことなんだろうか。

余談

  • 人称代名詞 se / hir の使用を深読みする読者にワッツはブログで苦言を呈している。「単に統計が表れているだけ」との発言にらしさが出ていて良い。
  • 「ノヴェラだし、作中テクノロジーは現在の技術水準をはるかに超えているからいつもの参考文献はない」と言いつつ、ブラックホール宇宙船を検討した論文を謝辞で挙げている(“Are Black Hole Starships Possible?”)。恒星間航行の動力として利用・生成可能なブラックホールのサイズやその寿命、ガンマ線レーザーを使った製造法などが論じられている。
  • 40000語を超える本作は慣例に従えば長編に分類されるが、断じてノヴェラだとのこと。長編の出版契約が関係しているらしい。
  • 本文中の赤字(太字)を拾っていくとメッセージが現れ、次のエピソードの序章が読めるアドレスを教えてくれる。