ピーター・ワッツ “Hotshot”

「島」に始まる連作 “Sunflower cycle” の一編。
2014年5月 Reach for Infinity に初出。
分量およそ7200語、日本語訳なら文庫40ページ弱くらい。

あらすじ

国連ディアスポラ機構(United Nations Diaspora Authority)の計画が着々と進む地球。ゲート建造船の一隻〈エリオフォラ〉の乗組員サンデー・アゥズムンディンは、乗船意志の最終確認を前に休暇を願い出る。その不在が証明されて久しい自由意志の体験を謳うサンダイヴ・ツアーに参加し、己の自由と運命を見極めるためだ。

感想

「島」の語り手サンデーの生い立ちとジャンプゲート建設計画の発端が明かされる、というわけで連作の時系列としては最古に当たる2120年代が舞台。

サンデーは生まれる前から入念な調整を施された「胞子」のひとり。星々への憧れ、孤立への耐性、豊かな知性といった任務に必須の適性を獲得するよう設計されている……はずなのだが、共に訓練や教育を受ける他の子どもと違って反抗や自傷を繰り返し、自分の人生は機構の手のひらの上だと悩んでいる。疑念を抱きながらも星々を渇望する気持ちは消えない。それすら予測の範囲内なのか、何か間違いが生じているのか。苦悩した末、サンデーはインダストリアル・エンライトメント社提供のサンダイヴ・ツアーへと赴く。

ニューロンは外部からの刺激に反応することしかできない、だから自由意志は存在しないというのがワッツのスタンスだが、本作では「刺激されずとも発火するニューロン」が登場する。少なくともIE社は強力で複雑な太陽の磁場を浴びることでそれが一時的に得られると主張している。サンデーの同僚のカイは懐疑的で、「そんなものは脳をでたらめに暗号化するようなものだし、山札をシャッフルしたりサイコロを振ったりしたところで自由になんてなれない」とにべもない。ここらへんは今のところ参考文献もないのでどこまで根拠があるのかよくわからない(あればわかるわけでもないが)。

〈人間の自律性〉号の中で太陽黒点の磁場を浴びたサンデーは自由意志を得られなかった(仮に得たとしても当人に区別はつかない)ものの、知覚がつかのま拡張され、宇宙の始まりから可能性の糸が絞られていく様を垣間見、自らの運命の糸が果てしない未来へと伸びていることに希望と確信を抱く。ここの描写には人格形成のままならなさが宇宙のままならなさと繋がるような広がりがある。

わたしが見守るうちに電核力は基本相互作用へと崩壊する。重力、電磁気力、強い核力と弱い核力。振幅多面体が閉ざされた扉と選ばれなかった道から構築される。数多の可能性が失われ、いくつものゲートが一ピコ秒ごとに閉ざされていった。物理法則が凝固し、無限の自由度が永遠に消え去る。未来とは拘束衣だ。ひとつ電子が弾かれるたびにストラップが少しずつ締めつけられ、あちらではなくこちらへ進む決断を下すたびに残りの選択肢が淘汰されてゆく。

IE社のベース・キャンプ船へ戻ったサンデーを迎えたのは、カイとUNDAの医師サワダだった。サンデーは統合者のような洞察力を発揮してサワダと助手の反応を読み、人類が恒星間植民に乗り出した本当の理由を見抜く。発端はへびつかい座にダイソン球らしき現象を観測したこと、つまり外敵の脅威を感じたことだった。ここでは外から刺激されないと発火しないニューロンの性質が人類という種全体に重ねられている。個人から宇宙、神経細胞から種へと拡大するイメージが冴える一編。

余談

  • エリオフォラの他にアラネウスやマストフォラといった船がお目見えする。いずれも蜘蛛の分類名。ワッツは学名をちょいちょい取り入れるのだが、和名にするとなかなか格好がつかない場合もあるのが残念。クロスジギンポ(Aspidontus)とか。今回は新鮮すぎる用語(Amplituhedron)も放り込まれていた。
  • UNDAの医師の名前は Mamoro Sawada。日本人設定なのかも。
  • 脳腫瘍の摘出により小児性愛の傾向が消えた男の有責性に触れ、腫瘍の有無で違いがあるのか、健康な人は脳の配線により大きい責任を負うのかと問うくだりが良い。デイヴィッド・イーグルマンの本に同じ議論があったはず。