ピーター・ワッツ “Giants”

「島」に始まる連作 “Sunflower cycle” の一編。
2014年2月 Extreme Planets に初出。
分量およそ8000語、日本語訳なら文庫40ページくらい。

あらすじ

大小様々なデブリが飛び交う星系に捕らわれた〈エリオフォラ〉。質量分布と軌道を勘案すると、恒星近傍を通過するしか脱出の術はない。船は折りよく道連れとなった巨大氷惑星の大気に沈み込んで身を守りつつ、赤色巨星の外層に突入する。だが予定時刻を過ぎても通過する気配はなく、それどころかプラズマ生命体の襲撃を受けてしまう。

感想

単体で読めるが「島」を読んでおくとわかりやすい。連作の背景設定は以下の通り。

〈エリオフォラ〉は恒星間ジャンプゲート建造船。操船と建造は自動化されており、人工知能〈チンプ〉の管理下にある。チンプは自力で対処できない不測の変数が入り込んだときのみ人間のクルーを目覚めさせる。光速の20パーセントで銀河を巡るうちに何億年もの時間が流れ、地球が滅びるほどの時が過ぎてなおチンプは任務を終えようとしない。クルーは反乱を起こすも生命維持装置を掌握されあえなく鎮圧、停戦に至る。宇宙が終焉を迎えるその日まで、任務はいつまでも続いていくのだった。

光速の壁を破る魔法の門は定番ガジェットだが、滅びるか旅立つかした種族の置き土産として描かれがちで、最初に苦労して星間ハイウェイを敷設した先駆者のことは誰も気にしていないようだ……というわけでこんな話になったらしい。

本作は恒星フライバイ、ブラックホール推進、プラズマ型エイリアンといった派手な要素を詰め込み、船内での地味な駆け引きとともに進んでいく。「島」と同じようにひねりが加えられた結末で、一種のリドル・ストーリーになっている。よくわからなかったエリオフォラの外観が小惑星を改造した空飛ぶ山であることも判明。光合成のための森、船内車両のゴキブリ(いかにもなネーミング)なんかも登場する。

語り手(性別、姓名ともに不詳)はおそらく唯一反乱に加わらなかった反乱に加わっていたが裏切ったクルー。チンプとのBCIを切っていないため、裏切者だ手駒だと目の敵にされている。同じ当直で目覚めたハキムは語り手をチンプのサブルーチンと見なす。

「ハキム、わたしはリンクしているんだ。憑依されているわけじゃない。あれはただのインタフェースだ」
「あれは脳梁だ」
「わたしはきみと同等に自律している」
「〝わたし〟を定義してくれ」
「わたしは別に――」
「精神はホログラムだ。ひとつを分割すればふたつになる。ふたつを縫合すればひとつになる。おまえもアップグレードの前は人間だったかもしれん。いまやおまえのスタンドアロンな魂は、俺にとっての頭頂葉も同然なんだよ」

近作で熱を入れている集合精神のテーマだが、本作ではさらりとした扱い。重点が置かれているのはやはり恒星近傍の通過という常軌を逸したシチュエーション。ブラックホールワームホールを使った軌道制御も相まってなかなか凄い光景が広がる。性質の異なるふたつの「操り」の構図、孤独な裏切者の悲哀が浮かび上がる結末もほろ苦く、いつもとは違う味わいがあった。