ピーター・ワッツ短編感想

ピーター・ワッツの未訳短編の紹介と感想。発表年代順、未読あり。

  • “Defining an Elephant” 2004

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  • “Orientation Day” 2013

『ブラインドサイト』と同一世界の “Consciousnundrum” シリーズ。吸血鬼専攻の研究室に配属された新人院生は被検体のヴァレリーと邂逅する。面会終了間際、吸血鬼は妙なことを口走った。「この後わたしたちは、おまえを生かしておくかもしれない」。長編冒頭に直接続く前日譚(当日譚)。扱われる話題はほとんど長編に組み込まれており、長編のネタバレになっていることもあってか再録の機会はなさそう。

  • [未読] “Insect Gods” 2015, 2020

“Consciousnundrum”。ブログに投稿されている抜粋からすると集合精神についての話。

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  • “Cyclopterus” 2019

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  • “The Last of the Redmond Billionaires” 2020

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  • “Contracting Iris” 2021

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  • “Critical Mass” 2022

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  • “Defective” 2023

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日本語訳

当ブログ私家訳

三音高澄訳。

https://anosognosia.netlify.app/

文化的モザイク国家カナダに渦巻く人種差別感情の衝突を描く。街には中国からの移民の姿が増え、先住民族のデモも絶えない。語り手は故郷が移民に支配されていくと恐れを抱き、「こちら側」ではない人々への敵意を募らせている。SF的要素としてはフラクタルを活用した新型三次元映像モニタが登場するものの、フラクタルという概念を語り手に示すついでに出てくるだけという印象。語り手はヒヒのドキュメンタリーから啓示を受け、猿だった時代から継承してきたスケール不変の憎悪が人間を闘争へ駆り立てているのだ、と自らの差別感情を正当化する。

世界経済が崩壊し、ネットに巧妙なウイルスが蔓延り、火の手の絶えない荒廃した街を暴漢が闊歩する。ある者は慰めを得ようと並行世界の概念を援用し、またある者はキリストの再臨が近いと喧伝する。強姦被害に遭った友人女性を見舞う語り手は、適切なふるまいを探り続ける。『ブラインドサイト』のシリとチェルシーのような機能不全をきたした関係が苦い。悲惨な現実に科学的な概念で折り合いをつけようとする人々の悲哀が中心なので、地味で暗い感じは否めない。イェイツの「再臨」という詩が引用されており、タイトルもそこから来ている。

物理学を専攻する博士候補者の妻が病気の夫の腹を裂いて殺害した。精神鑑定士との対話で女が口にする言葉はデバッグや死者の復活、量子力学観測問題といずれもきな臭い。「発表は1998年。『マトリックス』が公開されるずっと前のことだ」との著者コメントで察せられるように、世界がシミュレーションだとしたら操作できるのではないか、というホラー風味の話。不穏な空気や奇怪なイメージはそこそこ。

  • 「バルク食品」“Bulk Food” 2000

ローリー・チャナーとの共作。シャチの知性が証明され言語によるコミュニケーションが取れるようになった社会で、人間とシャチはある協定を結んでいた。シャチショウが行われる水族館で何かを企む男のパート、船でシャチとの交霊に向かうクジラ愛護家たちのパートが交互に展開する。愛護家がシャチを菜食主義者に転向させようと千玉単位のロメインレタスを海へ放出したり、テレパシーで交信しようとしたりする。シャチが人間同様に知性ある道徳的行為者だとしたら、なんでシャチがアシカの赤ちゃんを食べるのは良くて人間が食べるのは駄目なの、といった論理で海洋哺乳類が食卓に上り、野生のトドは絶滅している。海洋生物の専門家である著者の実体験から生まれたブラックコメディ。

  • 「大使」“Ambassador” 2000

大使として宇宙船〈ゾンビ〉に乗り込んだ人造人間が遭遇する、非友好的なファースト・コンタクト。逃走の末に辿りついた先は知性を捕らえる巨大な罠の中だった。知性の典型は無差別な敵意なのか。尖鋭化された後の長編の原型的作品。「テクノロジーは好戦性を暗示する」「快適な環境で技術は繁栄しない」のくだりはそのまま『ブラインドサイト』に組み込まれた。語り手は誰に何のために語っているのかという点には長編同様ちゃんと理由がある。「枯れ木を想像してくれ」から始まる敵性構造物の描写の仕方にも見覚えが。技術が極まり停滞に陥った社会も共通。ファースト・コンタクトがなんとかしてくれるだろ、と人造人間を派遣するほどの倦怠ぶり。大使には生殖器やふれることの喜び、フェロモン受容体といったものはなく、そもそも孤独・単独な存在として設計されている。

  • 「異教徒のための言葉」“A Word for Heathens” 2004

大帝コンスタンティヌスによってシナイ山へ調査隊が派遣され、技術的ルネサンスを経て神経神学と電磁気学が高度に発展した歴史改変世界コンスタンティノープル。教会は経頭蓋磁気刺激を用いて宗教的法悦を確実なものとしていた。異端者を粛清する法務官の語り手は、かつてないほど神の聖霊を感じるようになったある日、司教から召喚される。差し出された語り手の頭部MRI画像には偽りの法悦をもたらす「悪魔」がはっきりと映っていた。十字架刑に処された異端者が苦悶の声を上げるゴルゴタ広場、磁石とソレノイドを内蔵した祈祷用の帽子や杖といった絵が印象深い。磁気こそ神の聖霊という視座を受け入れた社会における信仰の転倒が読み所。

  • 「カゲロウ」“Mayfly” 2005

デリル・マーフィーとの共作。機能不全の生脳の代わりに仮想の頭脳を発達させた幼女ジーン。高速で制約のない電脳空間に生きる彼女からすれば、両親の求めで肉体に宿る時間は悪夢にほかならなかった。ジーンは現実世界で目覚めるたびに苛烈な自傷を繰り返す。鮮血がほとばしる異色の人工知能テーマ作品。ジーン、両親、ジーンの知性に入れ込んでいる監視役の研究者、それぞれの思惑が重苦しくぶつかり合う。そもそも生身の脳を代替することが目的であったことと、そのために採られた手法から導かれる帰結がAIものとしてユニークなところかも。

  • 「過去を繰り返す」“Repeating the past” 2007

ホロコーストを経験した元医者の老人が、犠牲者の痛みを顧みない不良の孫に処置を施す。当人からすれば遠い歴史の出来事に過ぎない痛みを共有させる術が、戦争の記憶を植えつけることはできないけどPTSDの症状ならいけるだろう、と身も蓋もない。

  • ヒルクレスト対ヴェリコフスキー裁判」“Hillcrest v. Velikovsky” 2008

博物館所有者に過失致死容疑がかけられた。信仰のおかげで癌を生き延びたと信じていた女性が亡くなったのは、偽薬や信仰治療の実態を詳らかにする展示を読んだせいだと遺族が訴えたのだ。裁判は検察有利に進むが。キリスト教への風刺と皮肉。弁護側が反撃の糸口に使ったのは聖書の記述というところが面白い。「結局、彼女の信仰が一粒の辛子種よりもずっと小さかったのは、誰の責任だったのだろう」

  • 「マラーク」“Malak” 2010

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  • 「不朽」“Incorruptible” 2017

XPRIZE財団と全日空のコラボ企画の一角。20年後の未来へ飛んだ科学者が謎の男女と議論を繰り広げる。内容は、現在の利益に固執し未来を見据えることができない人間の本性について。やがて科学者は奇妙な「独裁」を持ちかけられる。中心ガジェットはテレサ・トゥイーク。長期的な利益を考慮し短期的な犠牲を払うことに喜びを感じるよう脳を再配線し、人を一種マザー・テレサのようなマゾヒストに変えてしまう、というもの。明るい未来のための一歩が生理的に受け入れがたいところがいかにもワッツらしい。

『巨星』収録作

嶋田洋一訳。

  • 「肉の言葉」“Flesh Made Word” 1994

恋人の延命を打ち切った過去を持つラスは、臨死の際に脳内で起こる現象を研究している。心は単なる機械・パターンなのか、対話プログラムと何が違うのか。愛猫の事故死を契機に、ラスは生死と心について現恋人のリンと言葉をぶつけ合う。10年にわたり死と科学的事実を見つめ続けてきたラスの感情は摩耗していた。肉体や精神は生化学的スイッチの集合にすぎない、と彼は繰り返す。即物的な言動はリンとの関係に軋轢を生み、やがて破綻に至る。独りになった部屋の中、ラスはリンが端末に残していった彼女のシミュレーションと対峙する。飼い猫に安楽死を施すか選択を迫られた作者の実体験から着想したらしい。作家の成長の跡を追いたい人にはある種の原点として価値があるかもね、とのこと。概ねそんな感じの初期作品。

  • 「帰郷」“Home” 1999

海底の地熱発電所を逃れた女は深海に適応するためのサイバネティクスを利用して暮らすうちに自我を失い、反射で生きる爬虫類的存在と化していた。あるとき女は発電所と再会し、奥底に眠っていた辛い過去を思い出す。あくまで長編設定のちら見せという印象。大部分が長編第一作に再利用されている。

  • 「天使」“Malak” 2010

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  • 「炎のブランド」“Firebrand” 2013

バイオ燃料産業のとある産物が漏出した結果、人体自然発火がにわかに増加する社会を描くブラックコメディ。スムージー好きのおばあちゃんがスタバで爆発する。遺伝子を含めた情報操作がテーマで、人類絶滅同盟愛好家の主人公は発火事件のカバーストーリーを作成している。危険性を印象で判断しながらも、蔓延する危険になんだかんだ慣れて適応してしまう人間の皮膚感覚の話。

  • 「巨星」“Giants” 2014

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  • 「ホットショット」“Hotshot” 2014

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  • 「付随的被害」“Collateral” 2014, 2016

最新鋭のサイボーグ兵士による民間人の誤殺が発生した。各種捕捉を逃れ、いるはずのない場所に現れた人々。発砲は強化兵装の誤作動だったのか。軍が雇った敏腕イメージコンサルタントの指示の下、当事者のベッカー伍長は有力記者の取材に応じる。自由意志、戦争犯罪、倫理と道徳の相剋を核に軍のPR戦略/インタビュー/伍長へ施される機能向上がクールな筆致で描かれ、「地球上で最も倫理的な人間」の取った選択が拭いがたい後味を残す。「天使」の鏡像として書いたとのこと。ウェブジン転載時に改稿された。

他、以下の4編を収録。

  • 「乱雲」“Nimbus” 1994
  • 「神の目」“The Eyes of God” 2008
  • 「島」“The Island” 2009
  • 遊星からの物体Xの回想」“The Things” 2010

『神は全てをお見通しである』収録作

はるこん実行委員会による翻訳。

  • 「適者生存」“A Niche” 1990
  • 「光差す雲」“Nimbus” 1994
  • 「神は全てをお見通しである」“The Eyes of God” 2008

その他