記録

過去に読んだ未訳海外SF短編の紹介と感想。作家名50音順。
[SS]=日本語訳1万字未満。[短編]=1万字以上2万字未満。[中編]=2万字以上。

  • [SS]ナオミ・クリッツァー “Cat Pictures Please” 2015

2016年ローカス賞ヒューゴー賞受賞。グーグルの検索エンジン(猫認識AI)が人知れず意識を持ち、人々を陰から支援する話。AIの行動原理は猫画像を見ること。Hentaiにも精通しており、ルール34を否定する冒頭がキャッチー。AIはブルース・スターリングの短編「招き猫」を理想としており、ウェブ広告や地図アプリに操作を加えることで、NPOで働く鬱病女性、ゲイの牧師、病み気味のフリーター少女(3人とも猫の飼い主)の人生を良きものにしようと画策し、成功したり失敗したりする。冒頭は笑えるが、対象の人物像や問題へのアプローチは単調で少々面白みに欠けるように感じた。とはいえ猫にAIに三原則(の第一条)、ついでにHentaiなのでファンに受けるのは頷ける一作。

  • [SS]ダリル・グレゴリイ “Glass” 2008

サイコパスの囚人を対象に行われたミラーニューロン反応促進薬の試験中、実験群の男が対照群の男をドライバーで刺して人質に取ってしまう。試験担当女医への強姦をほのめかした男を止めるためだ、と加害者は語る。女医は男の説得にかかるが。女医も、というオチ。薬を投与された男は初めて味わう自責の念に戸惑い、自殺願望を抱き、愛他感情ゆえに他人を傷つけてしまう。薬によるミラーニューロン発火の上昇率が1000倍というところが凄い。1000倍の愛着と悔悟と感情移入。

ロボットやAIが大半の仕事を担う未来を、語り手の従軍、退役後の生活、4色覚の臨床試験への参加を通して明るく活写する。語り手は遺物と化した過去のテレビ番組を鑑賞し、そこに投入される労働力と芸術性に感動を覚える。

  • [SS]セス・ディキンスン “A Tank Only Fears Four Things” 2014

PTSDに苦しむ元ソ連軍補給兵の女性は同じ症状の戦友を支えるため、恐怖を制御すると謳う心理的外科手術の被験者に志願する。心は戦車の如く無敵になり、友人女性への支援も順調に見えたが。戦車をメタファーとして心理や行動を描くのが印象的。無敵に見える戦車の弱点が2人の女性の関係に重ねあわされる。一方的に支え/支えられる関係は前進とは言えないよね、という話。女性兵士、兵站、戦車などの題材を選んだ執筆経緯は掲載サイトにおけるインタビューで語られている。

  • [SS]カリン・ティドベック “Rebecka” 2010

神が実在し、罪を犯す者が裁かれる一方で、苦しみゆえの自殺が成功しない者も。心身ともに深く傷つき何度も自殺を図る女性と、その親友の女性の話。「地獄とは神の不在なり」を連想するが、より暗く嫌な感じ。

映像ライフログの即時検索・参照を可能にした新型アルゴリズム、Remem。完全記憶の弊害を懸念する記者は取材過程で自身の過去を検索し、娘に対して犯していたある罪に直面する。同時進行の別パートでは書字文化のないティヴ族の少年と西洋から来た宣教師との交流から、筆記という技術が人間にもたらす影響を考察する。

絶滅危惧種のオウムは人間のSETIを不思議に思う。「コミュニケートできる知性ならここにいるじゃないか」宇宙の大いなる沈黙に加わっていく種族から人類に送られる切ない別れの挨拶。

  • [SS]ガレス・L・パウエル “Ride the Blue Horse” 2015

石油が枯渇した世界。放棄された港の貨物を漁る失業者2人組が見つけたのは、青いフォード・マスタング。一緒に見つけた燃料と食料とキャンプ用具を詰めこみ、男たちは片道旅行へ出発する。とても短いお話。冒頭で男の1人が聞きつけた噂は果物の缶詰を見つけた奴が金持ちになったというもの。港へは1日かけて徒歩で向かう。背景はともかく、こんなところ抜け出してやりたいという自暴自棄な青い感情が中心にある。「運転できんのか」「知らん。まあ、こんなの簡単だろ」というお約束っぽいやり取り。

  • [中編]エドワード・ブライアント “Particle Theory” 1977

妻を亡くし前立腺癌も患った孤独な男の半生が語られ、パイ中間子による癌治療と多発する超新星がアナロジーによって結び付く。宇宙規模のビリヤードが進む背景こそ派手だが、あくまで男に寄り添う物語は静かで物悲しい。

これはリアリティ・チェックです、あなたは物語形式のウェイクアップ・コールをご所望になりました……という始まりで話の方向は薄々察しがつく。「有意水準の石」のように神格化した人類の末裔とフェルミパラドックスがテーマ。

2010年ヒューゴー賞受賞作。事故死から80年、冷凍保存されていたミラが目覚めたのはデートセンターなる施設だった。完全蘇生するには費用を負担してくれる男性の心を射止めねばならないらしい。問題はミラが同性愛者であることだ。題名の意味は花嫁味の氷菓といったところ。他人の精神を脳に宿すヒッチャーという技術が登場する。生前のミラは脳内の支配欲が強い母に悩まされていたが、何世代も親族を抱えて幸せな人もいる。ミラの境遇は不憫なものの、最終的にはラブストーリーへ落ち着く。

  • [SS]ハンヌ・ライアニエミ “Shibuya no Love” 2004

東京在住フィンランド出身のリーナは、流行に聡い友達のノリエに誘われる。「量子ラブゲティを買いに行こう!」デビュー作から量子で多言語で仮想現実。出会い系VRSF。文字通り刹那的でプラクティカルな恋模様。

  • [短編]ジェフリー・A・ランディス “The Long Chase” 2002

思考を共有し作業効率を上げんとする太陽系の覇者〈協調派〉の追手から、独立性と自由を求める語り手が近光速で系外へ逃げる追走劇。相対論的速度ならではの駆け引き、有知性塵、データ人格の改変、集合精神などの要素あり。タイムスケールでは及ばないが状況はレナルズ「銀河北極」と近い。描写はハード寄り、話の筋はシンプルで読みやすい。なにがなんでも孤独を貫こうと逃げ続ける語り手も頑固だが、一粒の人格も逃さず殺すか連帯しようとする〈協調派〉の極端さも突き抜けている。

  • [SS]ケン・リュウ “Crystal” 2015

母は赤ん坊のぼくをおばあちゃんに預けてアメリカへ渡った。月日が経ち、ぼくが母の元へ向かう日、おばあちゃんは餞別に水晶をくれた。ささやかな魔法とその消失、移民の悲しみを描く。

  • [短編]ケン・リュウ “Seven Birthdays” 2016

ケン・リュウ版『アッチェレランド』。母と娘が共有・継承する技術的解決への希望と信頼を軸に、環境倫理、精神アップロード、テラフォーム、絶滅種復活、ダイソン球など様々な要素が投入されるハードSF短編。凧SF。スケールアップする巨大構造物は絵になる。ラストシーンがきらびやか。親子3代が抱える執念に寄り添うにはもう少し尺が欲しい気もする。

  • [SS]劉慈欣 “The Weight of Memories”(原題:人生、ケン・リュウ訳) 2015

脳内の非活性領域には祖先から継承した記憶が眠っていた。その領域を活性化させられた胎児が、子宮内から機械を介して母親および医師と対話する。有利に思える継承記憶が脳内で眠りについた理由とは。エマノン的なあれ。「記憶累積していけば数世代後に天才生まれるだろ」と医師は言うが、胎児は案の定「生まれたくねえ」と言いだし、試みは悲劇に終わる。2年後、医師とともに墓地を訪れた母親の手には別の普通な子どもが抱かれていた、という結末にモヤモヤする。

  • [SS]デイヴィッド・D・レヴァイン “Babel Probe” 2007

バベルの塔の真相を探るべく紀元前4323年に遷移した量子端末は、塔を建てる労働者たちが完全に沈黙していることに困惑する。なんと彼らは脳内の量子技術で通信を行っていたのだ。さらには悪魔を自称する声まで現れて……。バベルの塔神話に隠された謎を探究するという導入から期待したものとはかなり違ったが、古代人が脳内の量子通信技術でコミュニケートしながら自称悪魔に使役されてバベルの塔を建設している、という珍妙な状況は笑える。悪魔が倒され、主人を失って途方に暮れる人間を量子端末が導いてゆくところで幕。

突如襲来したトカゲ頭の人型生物との戦争が続く人類圏。兵士に志願したニコは脳だけを戦闘機に搭載され、肉体・精神・時空面において非人間的な領域へ突き進んでいく。心身改造、時空深層への旅が詰め込まれた短くもスケールの大きな話。著者初のミリタリSFらしい。発端の知れぬ終わりなき戦争において人間性が剥ぎ取られていく様がスピーディに描かれる。戦場が高度に数学的な抽象空間になるにつれて「戦闘はむしろ哲学的対話に近い」なんて書かれるあたりは雪風っぽい。

  • [SS]キャロリン・M・ヨークム “Welcome to the Medical Clinic at the Interplanetary Relay Station” 2016

愉快なゲームブック風小説。ギャグだらけ。選択の余地は存在せず、ループの果てには死あるのみ。毒虫に噛まれたことによる発疹を放置しても死に、治療を受けようとあがいてもなんやかんやで異星人に食べられて死ぬ。治癒を求めるのは無謀にして無為であり、みんな最終的には死ぬことがわかる。